井田真木子と女子プロレスの時代 [著]井田真木子

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井田真木子と女子プロレスの時代 [著]井田真木子

[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)

 新卒で入社したのが早川書房だった。神田多町の本社がまだ木造社屋の頃だ。ハギワラという声の大きい同期がいて、後に“音楽評論家・萩原健太”になる。また翌年の新人の中にイダさんという物静かな女性がいた。間もなく私が退職したため、彼女のフルネームが井田真木子だと知るのは10年後、1991年に『プロレス少女伝説』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した時だ。

『プロレス……』には3人の女子プロレスラーが登場する。柔道から転身してきた神取忍。中国未帰還者の天田麗文。そしてアメリカ人のデブラ・ミシェリーだ。それぞれの尋常ではない半生と女子プロレスの世界を垣間見せてくれる、ルポルタージュの秀作だった。だが、ここには長与千種がいない。

 本書では、『プロレス……』に至るまでの軌跡を辿ることができる。85年からの4年間、専門誌「DELUXEプロレス」に書いた選手へのインタビュー、エッセイ、試合レポートなど、女子プロレスに関する膨大な記事が収められている。

 中でも圧巻なのは長与千種へのインタビュー群だ。ライオネス飛鳥とのタッグチーム「クラッシュギャルズ」は、80年代後半に一大女子プロレスブームを巻き起こした。当時トップスターだった長与が、自身やプロレスについてこれほど率直に語ったものはない。

 ある時は逆に長与が問いかける。「長与千種って、どんなレスラーなん?(中略)あたしは、どんなあたしなん? ねえ」。井田は、「私に答える義務があるわね」と言い、「長与千種は、観客を、単なる観客のままでおわらせないのね。(中略)観客にも血を流すことを要求するレスラー」だと答えている。取材対象者との絶妙な距離感が生んだ言葉だ。

 2001年3月に、44歳で急逝した井田真木子。間もなく没後15年、この分厚く重たい一冊と共に、伝説のフリーライターが甦る。

新潮社 週刊新潮
2015年12月24日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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