脇役を主人公に据えた 三國志外伝的作品群

レビュー

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関羽を斬った男

『関羽を斬った男』

著者
吉川, 永青
出版社
講談社
ISBN
9784062198325
価格
1,595円(税込)

書籍情報:openBD

脇役を主人公に据えた 三國志外伝的作品群

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

『戯史三國志』でデビューした作者の全七話から成る異色の『三國志』物語である。

 どこが異色かといえば、通常の『三國志』で主役を張るのは、曹操、孫権、劉備、諸葛亮孔明といった英雄たち。ところが本書では、彼らが脇役にまわり、従来脇役だった登場人物を主役に立てているのである。

 そうした小説作法上の面白さに加え、達意の文章も心地良く、『三國志』好きの読者が集まったら、読んだ後、どの話が面白かったか激論を交わす――そんな読書本来の楽しさを味わわせてくれる一巻といえよう。

 まず表題作だが、関羽を斬った男・馬忠の話かと思いきや、これが、その馬忠を倒して“最強”の称号を手に入れようとする華龍(かりゅう)の話である、というツイストを喰らわされる。

 ところが、華龍が馬忠の住んでいるという山中に赴き、出会ったのは初老の百姓。彼は「武勇は雑兵並み、孫家を守るための捨石にされ、人目を憚って隠れ住んでいる」のが馬忠の真実である、と語る。

 未読の方のため、これ以上は書けないが、グレゴリー・ペック主演の西部劇「拳銃王」に通じる設定といえば得心のいく方もいるだろう。

 この他、義兄・劉備を助けるため山賊にまで身を落とした張飛と、彼にさらわれてきた士大夫(したいふ)の娘・蓮(れん)との奇縁を描いて、集中、最も微笑ましい「天竺の甘露」を巻頭に据えるなど、作者もなかなかしたたかである。

 この一篇を読むと、後はもう止まらない。

 次なる「瘤と仙人」では、打って変わって、人間の生への執着の虚しさが描かれている。胃の腑に不治の病=瘤ができた太史慈(たいしじ)は、仙人といわれている于吉(うきつ)から一つの石を預かり、ある約束をするのだが、死の恐怖から逃れるため、やってはいけないことをしてしまう――。

 さらに、濃厚なエロティシズムが、悲哀へと転じる秀逸なゴースト・ストーリー、「人恋ふる夜魔」や、禁酒令を出した劉備に簡雍(かんよう)が政治の本質というものを糺す「酔漢無法伝」。また、帝の皇后となった曹操の娘・曹節(そうせつ)が、簒奪(さんだつ)まがいに帝位についた兄・曹丕(そうひ)に、ある贈り物をする「朱の守人」も力作。

 そして巻末に据えられた「臭う顔」は、死してなお、次々と的中する諸葛亮孔明の鬼謀の凄まじさを、馬岱(ばたい)の眼を通して描き、痛快。心なごむラストシーンもいい。

 改めて読書の楽しさを思い知らされる、実に嬉しい一巻だ。

新潮社 週刊新潮
2016年1月21日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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