卑劣な脅しにどう抗う? ノーベル賞作家の最新長篇

レビュー

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つつましい英雄

『つつましい英雄』

著者
マリオ・バルガス=リョサ [著]/田村 さと子 [訳]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784309206943
発売日
2015/12/21
価格
2,916円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

卑劣な脅しにどう抗う? ノーベル賞作家の最新長篇

[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)

「自作のうち最も楽観的な作品」――あるインタビューでバルガス=リョサは本作をそう表現した。ノーベル文学賞受賞の際にも評価された『チボの狂宴』は「権力の構図を暴き、個人の抵抗と敗北を辛辣に描きだした」とされ、この姿勢はその後も、隠れた英雄を材にしたもう一つの『闇の奥』ともいうべき「ケルト人の夢」(未訳。ぜひ邦訳を!) などにも見出される。確かにこれらの作品に比すると、本作はポジティブな仕上がりではあるが、悪に立ち向かう人々の苦闘が、精緻な構成と巧みな話法を駆使して、真っ向から描かれる。

 舞台は作者の祖国ペルー、北西の町ピウラと首都リマだ。二つの物語軸の中で、卑劣な脅しと闘う三人の人物の足跡が交わっていく。一人目は、百姓の出自から苦労して這い上がり、現在は運送会社を経営するフェリシト・ヤナケ。ある日、蜘蛛の絵の描かれた手紙をマフィアからうけとる。いわばショバ代を払えという強(ゆ)請(す)りだが、彼は「決して誰にもふみつけにされてはならない」という父の遺言を守り、自分および最愛の人の命を賭しても断固恐喝をはねつける、という態度を貫く。

 もう一人の視点人物は保険会社の管理職にあるドン・リゴベルト。さらに、同社の八十代のオーナー社長で衝撃的な再婚をするイスマエル・カレーラも、主要人物である。この結婚をめぐって、リゴベルトは社長子息の極悪な双子の謀略に搦めとられ、幸福な老後プランを壊されそうになる。

 フェリシトの心には、色白の長男の出生にまつわる、疑念という悪魔も棲みついている。若い女に惑わされもする。作者の先行作『継母礼賛』ばりにエロティックな場面も展開する。リゴベルトや警察署のリトゥーマ軍曹など、リョサの読者には馴染み深いキャラクターの再登場と再会も楽しめると同時に、読みやすさから初読者にもお勧めの一冊。大人のためのサスペンスフルな寓話である。

新潮社 週刊新潮
2016年1月28日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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