妻を縮めてしまったり、ゾンビが恋する短編集

レビュー

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ミニチュアの妻

『ミニチュアの妻』

著者
Gonzales, Manuel, 1974-藤井, 光, 1980-
出版社
白水社
ISBN
9784560090435
価格
2,860円(税込)

書籍情報:openBD

妻を縮めてしまったり、ゾンビが恋する短編集

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 読み終えて本から顔を上げると、見慣れた日常の光景がそれまでとはどこか違っているような、心もとない気持ちにさせられた。

 メキシコ系アメリカ人作家が第一短編集で提示するのは、まずありえない状況ばかりだ。

 ハイジャックされた飛行機で、街の上空を二十年間も旋回していたり(「操縦士、副操縦士、作家」)、妻を誤ってコーヒーマグの大きさに縮めてしまったり(「ミニチュアの妻」)。前提がそもそもへんなのに、それから起こるできごとが輪をかけてへんてこなので、前提のほうはとりあえず棚上げにして先行きばかり気になってしまう。

 登場人物もそのへんさにはこだわらず、目の前で起きていることを、きわめて淡々と語っていく。ゾンビが会社勤めをしていて、人妻の同僚に恋をするとか(「僕のすべて」)、アフリカ大陸が沈没するとか(「さらば、アフリカよ」)、SFといっていい非日常的な設定なのに、語り手の調子は日々の暮らしのこまごまとした雑事を語るよう。

 彼がなぜゾンビになったかはわからないまま、人肉を食べたい欲求を抑えるためにガラス製品を自室の壁にぶつけて割っていることは伝えられる。いつのまにか沈んでいたアフリカ大陸よりも、「失われた大陸記念博物館」の開館を祝うパーティーの段取りやスピーチの詳細に描写のピントが合っている。ちなみに、日本はアフリカの前に沈没しているらしいが、その理由はもちろん語られない。

 著者は奇想をふくらませ、世界の形をゆがませる……と書こうとして思った。もしかしたら世界はそもそも、ここに描かれているようなものかもしれない。全体状況を知るすべはなく、目の前にあることがすべてで、わずかに知りえた点と点を頭でつくりあげた妄想がつないでいるだけなのでは。足元の地面を揺るがせ、一方でその場から離れがたくもさせる、奇妙な力を持つ小説なのである。

新潮社 週刊新潮
2015年2月4日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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