男女の運命を翻弄する もうひとつの忠臣蔵

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はだれ雪

『はだれ雪』

著者
葉室, 麟, 1951-2017
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041036341
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

男女の運命を翻弄する もうひとつの忠臣蔵

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 忠臣蔵には手がない、といわれる中、『四十七人の刺客』(池宮彰一郎)のような傑作が生まれたように、ここにまた忠臣蔵外伝の新たな力作が誕生した。それが、本書『はだれ雪』である。

 主人公は二人いる。一人は元幕府目付役で扇野藩に流罪となった永井勘解由(かげゆ)。彼は浅野内匠頭の切腹見合わせを進言、内匠頭の切腹直前、彼の最期の言葉を聞いたことで徳川綱吉の勘気に触れ、この境遇に落ちたのである。

 いま一人は、夫が侍らしからぬ死を遂げ、勘解由の接待役(これには妻同様の行為も含まれている)を命じられた中川家の後家である紗英。

 実際、内匠頭が切腹前に残した口上の内容は「この段かねて知らせ申すべく候へども、今日やむを得ざる事に候ゆえ、知らせ申さず候、不審に存ずべく候」という尻切れトンボのもので、物語の興味の中心は、勘解由が聞いたという、最期の言葉の中味にある。

 が、それにも増して魅力的に描かれているのは、厳しい武家社会の中、次第にひかれ合うようになっていく勘解由と紗英の姿である。

 題名の“はだれ雪”とは、『夫木(ふぼく)和歌抄』にある「はだれ雪あだにもあらで消えぬめり世にふるごとやもの憂かるらん」に依っているが、こうした和歌や筝曲に関する教養が作中にちりばめられる中、登場人物が発する言葉の一つ一つが憎いほどに心にしみてくる。これほど泣かせどころを心得た作品は、近年珍らしいといわねばなるまい。

 そして、大石内蔵助らの討ち入りが成功すると、勘解由と紗英は理不尽な運命に見舞われることになるのだが――。

 本書は、作者の代表作〈扇野藩〉シリーズの一篇だが、武門の厳しさの中に、生死を賭けた男女の想いを描くとき、その凛冽さは、ときに藤沢周平の〈海坂藩〉ものを凌ぐ場合がある。そして本書のテーマは、死して永遠に生きる命の輝きである。

新潮社 週刊新潮
2015年2月4日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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