読みどころ満載の爆笑“科学”紀行

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読みどころ満載の爆笑“科学”紀行

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 日ごろ注意ぶかく「爆笑文学」を探しているわたしだが、思いがけないところでたいへんな才能に出会った。個人的には、北大路公子以来の大型新人発見である。

 菌類(バイキンではなく、きのこの仲間)を研究している著者の専門は、極寒の地に住む「雪腐病菌(ゆきぐされびょうきん)」。雪に覆われた草地などで繁殖し、そこにある植物(たとえば芝)をまだらに枯らす。小型のミステリー・サークルが大量発生したかのように、一面の芝にまるい斑紋状の枯芝部分がひろがっていたら、それが雪腐病菌のしわざである。

 この菌は日本にもいるが、もっと寒い国にたくさんいるため、著者のフィールドワークはロシア、ノルウェーなどから極地にまでいたる。この本は、菌をもとめて極寒の地を行く紀行文のスタイルだが(けっして学問的成果をまとめた教科書ではないので、気軽に手にとってほしい)、行く先々で出会うのは、寒い国特有の、朝から晩まで飲んでいる酔っ払いたちだ。酔っ払いにからまれた場合のかわし方、酔っ払いとのシビアな交渉術、酔っ払いと仲良くする方法などなどがみっちり学べる。すべてを「自分も一緒に泥酔する」ことで解決しているように見えるが、気のせいかもしれない。

 著者自身の描いたイラストレーションがいい。訪問した国の地図のうえに、その土地の名物やら、そこで発見した変な看板などが描きこまれているのだが、一見「ヘタウマ」を装いながらかなりしたたかな画力である。研究の相棒となったロシア人の、大過去・近過去・現在の顔を並べた肖像画など、力作が多い。

 わたしにとってこの本最大の爆笑地雷は、なんと巻末の「参考文献」のページに仕込まれていた。すみずみまで手を抜かないニッポンのものづくりを感じた。文句なしに楽しい一冊、雪に降り込められて憂鬱な冬を少しでも明るく過ごすのに最適のアイテムです。

新潮社 週刊新潮
2015年2月4日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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