『族譜・李朝残影』
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【教養人のための『未読の名作』一読ガイド】族譜・李朝残影 [著]梶山季之
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
『黒の試走車』など産業スパイ小説で昭和三十年代に人気作家となった梶山季之は昭和五年、日本の植民地統治下にあった朝鮮の京城(現在のソウル)で生まれている。いわゆる植民地二世。それだけに朝鮮に深い罪障感を持っている。
初期の作品『族譜』は、昭和十四年に実施された創氏改名を日本の良心的な青年の目から描いた秀作。
創氏改名とは、朝鮮姓を強制的に日本姓に改めさせた皇民化政策。従わない者は過酷に罰した。
「僕」は美術学校を出た画家の卵。京城の役所で働いている。創氏改名の仕事を与えられる。自分でも次第に、この植民地政策に疑問を持ってきているので仕事はつらいものになる。
薜鎮英(へいちんえい)という地方の大地主がどうしても創氏改名に応じない。「僕」が説得にゆく。薜の一族は、七百年に及ぶ旧家。薜は族譜という家系図を大事にしている。日本名に改めるのは先祖に申訳が立たないと拒絶する。「僕」は威圧的な上司と、抵抗する薜とのあいだで苦しむ。
梶山季之自身の体験ではないが、植民地二世として、支配を受けた朝鮮人への罪責感を拭えないのだろう。
改名に応じない薜だが、最後、ついに権力に屈し、自死してしまう。「僕」は絶望と無力感にとらわれる。誠実であろうとする青年ほど心の痛手は深い。
一九七八年に韓国で映画化(林権沢監督)、日本未公開だったが八三年にNHKテレビで放映された。
『李朝残影』も日本統治下の朝鮮が舞台。野口という京城に住む若い画家は失われゆく朝鮮の文化、風俗に愛着を感じ、それを絵にしている。
昭和十五年の夏、金英順という妓生(キーサン)に会う。日本でいう芸者。誇り高い女性で消えゆく伝統的な宮廷舞踊を守ろうとしている。野口はその美しい舞い姿を絵にしたいと思う。しかし、彼の父親が以前、朝鮮人を弾圧した軍人だと知ると彼女は野口に怒りをぶつける。
この作品でも日本の統治に疑問を持つ青年が罪の意識に苦しむことになる。植民地二世の梶山の思いが伝わる。