[本の森 歴史・時代]『曽呂利! 秀吉を手玉に取った男』谷津矢車

レビュー

7
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曽呂利!

『曽呂利!』

著者
谷津 矢車 [著]
出版社
実業之日本社
ISBN
9784408536699
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『曽呂利! 秀吉を手玉に取った男』谷津矢車

[レビュアー] 田口幹人(書店員)

 谷津矢車という時代小説作家をご存じだろうか。この若き書き手が今、時代小説界に新しい風を吹かせている。著者は2013年、『洛中洛外画狂伝 狩野永徳』(学研パブリッシング)でデビューする。稀代の絵師・狩野永徳を主人公に、足利義輝や織田信長など、時の権力者たちとの交わりを通じ、どのように成長していったのかを、狩野永徳の青春期と転換期に重点を置いて描いた一代記だ。政争や戦に翻弄されながらも狩野派の中に身を置くが、最終的に因習や形式的な伝統から距離を置くことを選び、己の信じる道を切り開いた狩野永徳という人物像を、絵師としての苦悩や葛藤という側面を中心に描いた作品だった。特に、父・松栄との絵に対する考え方の相違を表現する場面の描写の重厚さは、これがデビュー作であることを疑うほどである。

 続いて翌年、蔦屋重三郎の半生を描いた傑作『蔦屋』(学研パブリッシング)を上梓する。廃業間近といわれた地本問屋・豊仙堂の主人・丸屋小兵衛の前に、「この世間をひっくり返してやりましょうよ」という言葉と共に、颯爽と現れた救世主・蔦屋重三郎は、持ち前の発想力と行動力、そして人脈を使い、江戸の出版界に旋風を巻き起こしてゆく。幕府が打ち出した出版規制の改革が逆風となって襲いかかるが、言論と出版の自由を守るために先頭を切って戦いを挑むのだった。喜多川歌麿、山東京伝、東洲斎写楽、朋誠堂喜三二など、おなじみのスター作家も数多く登場し、親しみやすさを演出する反面、言論弾圧などから出版というひとつの文化を守ることの意義を問うた一冊だ。

 そんな注目の著者の最新作が、知られざる戦国時代のダークヒーローを描いた『曽呂利! 秀吉を手玉に取った男』(実業之日本社)だ。主人公・曽呂利新左衛門は、豊臣秀吉に御伽衆として仕え、頓智のきいた話で人々を笑わせ、煙に巻いた人物として語られているが、実在したのか、架空だったのか定まらない謎の多い人物として語られることが多い。そんな曽呂利を、鮟鱇顔の醜男で天才的な頓智の才能と、つかみどころのないユーモアの持ち主として、軽妙なタッチで物語を進めてゆく。秀吉を愚弄する落首を詠んだとして捕まった時から、曽呂利劇場は幕を開ける。死罪になるはずが口八丁で乗り切り、そのまま秀吉に仕えることになる。そして、蜂須賀小六、千利休、豊臣秀次、石田三成など、次々と秀吉の臣下の者たちを翻弄し、政の中枢へと迫ってゆく。果たして彼は、秀吉を支える従臣なのか? または、獅子身中の虫なのか? は、読んでお楽しみいただきたい。結末が近づくにつれ、笑い話を素直に笑えなくなってゆく怖さを感じてほしい。

 才能あふれる書き手の出現は、これからのさらなる時代小説界の発展に欠かせない。その中心には、間違いなく谷津矢車がいるだろう。

新潮社 小説新潮
2016年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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