【話題の本】『ラオスにいったい何があるというんですか? 紀行文集』

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

【話題の本】『ラオスにいったい何があるというんですか? 紀行文集』

[レビュアー] 海老沢類(産経新聞社)

 この20年ほどに体験した旅の記録を、人気作家が随所に冗談を織り交ぜた柔らかなタッチでつづる。昨年11月の刊行で、すでに2刷12万部に達した。

 コケの生えた溶岩台地が広がるアイスランドで愛らしい迷い鳥にであい、『ノルウェイの森』を書き始めたギリシャの小さな島を再訪し観光地化が進んだ街に遠い記憶を重ねる。梅雨空の熊本では、かつて夏目漱石の暮らした家を訪れ長い時の流れに思いをはせる。そして、「くまモン」の経済効果も考える(県庁の担当者とのやりとりが秀逸!)。

 どの旅もささやかな驚きとほほえましいアクシデントにみちている。題名にあるラオスでは、おいしく食べた魚のワイルドな“外見”を知って戸惑い、思いのほか心地良い民族音楽の音色に静かに耳を傾ける。そう、あらゆる旅路は〈僕らの出来合の基準やノウハウを適当にあてはめて、流れ作業的に情報処理ができる場所ではない〉のだ。異国の不自由さが面白さに転じていく様子をつづった文章に浸るうち、気づかされる。その「分からなさ」こそ旅の、果ては人生の醍醐味(だいごみ)なのではないかと。本を閉じると、日常を離れて未知の場所に飛び込みたくなる。(村上春樹著/文芸春秋・1650円+税)

 海老沢類

産経新聞
2016年2月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク