書名ににじむ含羞と裏腹に神戸への熱情がつのる

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神戸、書いてどうなるのか

『神戸、書いてどうなるのか』

著者
安田謙一 [著]
出版社
ぴあ
ISBN
9784835628530
発売日
2015/11/26
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

書名ににじむ含羞と裏腹に神戸への熱情がつのる

[レビュアー] 都築響一(編集者)

 日本中がバブルに浮かれていたころ、京都に住んでいた僕は書店で『3ちゃんロック』というささやかな自費出版雑誌を見つけ、それは「絶対に役に立たない音楽誌」と銘打たれた最高に役立つ音楽誌だった。

『3ちゃんロック』を発行していた安田謙一は、変わった音楽が好きな人間なら知らぬもののない、自称「ロック漫筆家」である。1962年生まれ、人生の大半を神戸で過ごしてきた安田さんは、これまでも多くの本や記事を発表してきたが、新刊『神戸、書いてどうなるのか』は意外にも初の書き下ろしだという。

「だれでも知ってる名所案内」でもなく、「地元民だけが知ってるとっておき」でもなく、あくまで自分の足が向いてしまう神戸。それは町の食堂だったり、古びた商店街だったり、本屋や映画館だったりするのだが、そういう「安田的神戸」を108ヶ所案内してくれて、終点に辿り着くころには煩悩もすっかり晴れてるはず!というありがたい一冊。タイトルには「読んでどうなるのか」と言いたげな含羞がにじむが、金太郎飴みたいなガイド本ばかりが目につく中で、これほど「いますぐ神戸に行きたい!」「神戸に住みたい!」と思わせてくれる本を、ほかに知らない。

 安田謙一さんはプロの書き手であることはもちろんだが、「朝起きて、配達業のアルバイトをして、昼からは家で原稿を書いて」という生活をずっと続けている。「筆で身を立てる」とは対極にあるそうしたライフスタイルが、街歩きにも独特の歩幅となって現れてくる。「だれも知らないすごい場所」を見つけて受けを狙うライターではなく、「こんなの好きなんですけど、どうですか?」ぐらいの、半歩引いて楽しむ視線の余裕というか。

 108ヶ所のそれぞれはもちろん興味深いけれど、それよりもなによりも、そんな歩幅で街歩きを楽しむための、これは最高のエクソサイズである気もする。

新潮社 週刊新潮
2016年2月25日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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