『かげろう絵図 上』
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完結が惜しまれる“巨魂”伝奇チャンバラ
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
御存じ、R15時代小説の大御所、鳴海丈(なるみたけし)の『大江戸巨魂侍(きょこんざむらい)』の完結編である。
今回は第九巻「怪魔人妖獄の大血戦」で、ここまで長く続いたシリーズに何故終止符が打たれたかといえば、作者のせいではなく、廣済堂が文庫出版から手を引いてしまうからである。
文庫書き下ろし時代小説の主流は、人情、捕物、料理であり、大衆小説の王道を継ぐ伝奇チャンバラ小説は数が少ない。どこかで第二部がはじまらないかと思いつつ、書評の筆を進めれば――。
主人公の巨城魂之介(おおしろたまのすけ)は、元旗本ながら、老中筆頭・水野出羽守をぶん殴ったために素浪人に。しかしながらその正義漢ぶりを慕われて、北町奉行所定町廻り同心・津島徹次郎から「御前(ごぜん)」と呼ばれている。
そして自らも、「姓は巨城、名は魂之介。将軍家のお膝元たる江戸の街に、貴様らの如き人でなしが蔓延(はびこ)ることを許さぬ漢(おとこ)よ。天下御免の素浪人、大江戸巨魂侍とは、わしのことだっ」と名乗りをあげる。
これを「天下御免の向う傷、直参早乙女主水之介、人呼んで旗本退屈男」という台詞と較べると本シリーズが佐々木味津三(みつぞう)の『旗本退屈男』(春陽文庫)へのオマージュであることが了解されよう。
唯一違うのは魂之介が並はずれた巨魂(根)の持ち主で、悪人どもを征伐しつつ美女を哭かせている点なのだが――。
今回は、最終巻にふさわしく、最強の敵役、悲劇の怪魔人・赤兜が登場。ラストの闇将軍・中野石翁の邸での正邪入り乱れての大チャンバラは、手に汗握る大迫力。
この中野石翁は実在の人物で、義女お美代の方を将軍家斉の側室にして絶大な権力を握った黒幕だ。
松本清張の『かげろう絵図』(文春文庫)にも陰謀の首魁として登場し、陣出達朗の〈遠山の金さん〉シリーズでは、中野白翁と名を変えて、悪事を重ねている。
さて、『大江戸巨魂侍』が、今回で完結になったのは先にも述べたが、魂之介と好漢・漆場一角との勝負はまだ決着がついていない。その行方や如何に?