注目の女性映画監督が細心に織り上げた連作短篇
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
末期がんを告知された自身の父親を主人公にしたドキュメンタリー映画「エンディングノート」の監督として砂田麻美の名前は知っていたけど、小説を読むのはこれが初めてだ。季節が移るごとに視点人物が変わる連作短篇は、本書が二作目とは信じられないほどたくみで、ある痛ましい事故をきっかけに人生が変わってしまった男女の姿を描き出す。
出版社の派遣社員である千恵子。千恵子と不倫関係にあった編集者の健二。健二の妻で、雑貨スタイリストの美里が起こした交通事故で、吉乃は小学生のひとり息子を失い、事故だけが理由ではないが、千恵子と健二の関係も終わっている。
美里は、レストランで健二が昼間からビールを飲みたがったことで不得手な運転を代わるはめになった。その苦い思いが二人のあいだを隔て、逆に彼らを運命共同体のようなものにして、千恵子を遠ざけもする。
息子を亡くした吉乃は、一周忌にアパートを訪ねてきた健二と美里を責めるかわりに、その子の思い出をただ語り聞かせる。吉乃は、一日一日と深い悲しみが薄らいでいくことに苦しみ、美里は、子供を死なせた自分がいまも生きていることに苦しんでいる。
それぞれが抱える思い、愛情や憎しみ、怒り、悔いや屈託の入り混じった複雑な感情が、きらめきのように表出する瞬間を、この書き手は、きわめて慎重に、細密に描く。声高に語るのではなく、むしろひそやかすぎるぐらいなのに、確かな質量をもって読み手に迫ってくる。その思いが、人と人とをつないでいるが、次の瞬間、すぐに見失ってしまいそうなはかなさも感じさせる。
最後の章に登場する五人目の人物は、登場人物たちの人間関係の輪の外にいるように見える。深く傷つけられた経験を持つこの人の言葉が、雲の切れ間に射す光のように小説全体を明るく照らし、その明るさは彼自身もまた暗闇から救い出す。