1998年の宇多田ヒカル [著]宇野維正

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1998年の宇多田ヒカル

『1998年の宇多田ヒカル』

著者
宇野, 維正, 1970-
出版社
新潮社
ISBN
9784106106507
価格
814円(税込)

書籍情報:openBD

1998年の宇多田ヒカル [著]宇野維正

[レビュアー] 楠木建(一橋大学教授)

 いずれも1998年にデビューし今世紀のJポップを牽引してきた宇多田ヒカル、椎名林檎、aikoの3人に焦点を合わせて、日本の大衆音楽と音楽業界の動態を論じる。

 テレビをまったく見ない生活を続けているので、Jポップといっても何となく動向を知っていたのは松田聖子や中森明菜ぐらいまで。宇多田ヒカルは聴いたことがない。本書が付随的に論じている浜崎あゆみに至っては顔も知らなかった。そういう評者が読んでも十分に面白い。ここに本書の凄みがある。著者の音楽業界に対する深い愛情を感じる。

 芸能。文字通り「芸」の「才能」を売る仕事である。「大勢の人々を一時的にだますことはできる。少数の人を長い間だますことはできる。しかし大勢の人を長期的にだまし続けることはできない」。政治についての至言だが、大衆音楽にも当てはまる。才能の正体は持続性にある。3人は爆発的なヒット曲を持つだけではなく、その後長期にわたって特別な存在であり続けている。昨今のCDの凋落はメディアが変化しただけの話であり、この3人のような真の芸能者は表層的な変化を悠々と乗り越える。

「巨大で大衆的な才能」の三者三様が実に興味深い。スタジオワークに埋没する宇多田ヒカル、Jポップ職人の道を意識的に究める椎名林檎、変わらず淡々と作品を積み重ねるaiko。「芸の才能」の本質を鮮やかに浮かび上がらせる快作だ。

新潮社 週刊新潮
2016年3月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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