[本の森 歴史・時代]『商い同心 千客万来事件帖』『ヨイ豊』梶よう子

レビュー

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商い同心

『商い同心』

著者
梶 よう子 [著]
出版社
実業之日本社
ISBN
9784408552750
価格
670円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

ヨイ豊

『ヨイ豊』

著者
梶 よう子 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784062197762
発売日
2015/10/29
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『商い同心 千客万来事件帖』『ヨイ豊』梶よう子

[レビュアー] 田口幹人(書店員)

 続編を熱望している作品が、この度文庫化された。これをきっかけに多くの方に読まれ、シリーズ化されてほしいという願いを込めて紹介するのは、梶よう子『商い同心 千客万来事件帖』(実業之日本社文庫)だ。野球のピッチャーに例えるなら、著者は、「緩急を織り混ぜて打者を翻弄する技巧派」でありながら、「豪速球で打者をねじ伏せる本格派」という両面を持つ作家の一人である。本書は、技巧派・梶よう子を感じることができる作品だ。主人公は、北町奉行所諸色調掛同心の澤本神人(じんにん)。顔が濃いという奉行の一声で、隠密廻り同心から異動させられた男である。諸色調掛同心は、江戸市中での物価を見張り、取り締まるのが役目だ。定町廻り同心や隠密廻り同心などの花形同心とは違い、諸色調掛同心を主人公にした作品は珍しい。神人を、楽観的だが一本筋が通った人物として描くことにより、諸色調掛同心という役職を見事に表現していた。庶民の暮らしに直結する役職に身を置く者として、庶民に近い目線で見た人情深い江戸の町。しかし、その裏には様々な思惑が隠されていた。子分の庄太とともに悪を追う七つの物語が納められている。新しい角度から見た江戸の町を堪能してほしい。

 続いてご紹介する『ヨイ豊』(講談社)は、本格派・梶よう子の神髄ともいえる傑作だ。2015年を代表する作品を一冊だけ選べと言われたら、僕は本書を選ぶ。それほどまで心に残る物語だった。

 江戸時代末期から明治時代の世の動乱は、日本人の価値観を大きく変えた。本書は、その移りゆく江戸社会全体の価値観の変貌に、浮世絵師として江戸文化を支えてきた歌川一門の名跡を巡る兄弟弟子の苦闘と、浮世絵の終焉を重ね合わせて編まれた物語だ。

 その時代、一世を風靡した三人の絵師は、「歌川の三羽烏」と呼ばれ庶民に親しまれていた。広重、国芳が相次いで亡くなった後、最後の大看板・三代豊国(初代国貞)も逝ってしまう。時代の波に飲み込まれ薄れゆく江戸絵を守る旗手として、誰がその名跡を継ぐのかが、豊国の二人の兄弟弟子の物語を軸に描かれる。さらに本書には、国を開くことで得ることとなった新たな価値観という軸がある。近代化が進むにつれ、実写技術や印刷技術が目覚ましいスピードで発達を遂げる。その陰で、人々の手の届かぬ世を描いてきた浮世絵はひっそりと終焉を迎えようとしていた。浮世絵で描かれた手の届かぬ存在としての役者と実写技術で身近なものとなった役者を対比した件に、著者のこの時代に対する眼差しの立ち位置を感じることができる。江戸絵の行く末を案じる気持ちを持ち続けるも、その方向性と手法の違う二人の絵師の想いが、伝統を守ることの意味を教えてくれる。

新潮社 小説新潮
2016年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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