代表的シリーズの最新作は傑作暗号ミステリー!

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涙香迷宮

『涙香迷宮』

著者
竹本, 健治, 1954-
出版社
講談社
ISBN
9784062199544
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

代表的シリーズの最新作は傑作暗号ミステリー!

[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)

 日本ミステリーのパイオニアは誰かと聞かれたら、一〇人中九人が江戸川乱歩と答えるだろう。それはそれで間違いではないのだが、翻案小説でその乱歩に深い影響を与えたのが、明治時代に「萬朝報」という新聞を創刊したジャーナリストとして名高い黒岩涙香(るいこう)である。

 週刊文春も真っ青のスキャンダリズムで一世を風靡した涙香は有能な経営者だったが、その一方で連珠(五目並べ)や競技かるたを創始するなど遊芸百般に通じていた。本書の読みどころはまず、涙香のそうした知られざる巨人ぶりだ。

 主人公の牧場智久は竹本ミステリーお馴染みの名探偵キャラクター。物語は天才囲碁棋士である彼が、試合場所の湯河原で老人殺しに関わるところから幕を開ける。老人は碁を指している最中に刺殺されたらしいが、身許も手がかりもなかなかつかめない。

 数日後、智久はミステリー関連のイベントで涙香研究家の麻生と知り合うが、そこへ涙香が愛した都都逸ゆかりの茨城県で彼の隠れ家が発見されたという知らせが飛び込む。元はといえば、智久が連珠の基本形─珠型に隠された涙香の暗号から得た答えがヒントになったということで、夏の発掘調査に智久と彼女の武藤類子も参加することに。

 そこでさらなる事件が起き、冒頭の老人殺しの謎も絡んでくるであろうことは察しがつこうが、問題は干支にちなんで命名された各部屋の壁に書かれた文言。それは、いろは四七文字を一度ずつすべてを使った詩、「いろは」だった!

 後半の目玉はその解読にあるが、もちろん中身を考案したのは涙香ならぬ著者その人。ちゃんと意味のある詩にするだけでも大変なのに、さらにそこに複雑な暗号まで仕掛けるとは、まさに涙香も顔負けの鬼才というほかない。やがて連続する殺人事件の行方もさることながら、その超絶技巧だけでも堪能する価値ありの傑作暗号ミステリーだ。

新潮社 週刊新潮
2016年4月7日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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