シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧 エマニュエル・トッド 著

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シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧 エマニュエル・トッド 著

[レビュアー] 小倉孝誠(慶応大教授)

◆社会分裂の危機を訴える

 先月ベルギーで発生した同時テロ事件や昨年パリで起きた二度のテロ事件は、単にベルギーやフランスの問題ではなく、世界全体の現在と未来に関わることだけに、事態は深刻だ。本書はフランスを代表する知識人の一人が、昨年一月の「シャルリ・エブド」紙襲撃事件が引き起こした社会の動きを分析した診断書である。

 事件の後、四百万人に上る市民が「私はシャルリ」を合言葉に、フランス全土でデモ行進をした。言論・表現の自由をあらためて確認し、それがフランス共和国の価値だと主張するためだった。しかしトッドによれば、デモに参加したのは主に都市部の中産階級であり、フランス周縁部のカトリック色の強い地域の人々である。逆に労働者や、脱カトリック化した地方の住民はデモにほとんど参加していない。つまり、デモに繰り出したフランス人たちには、地域的、社会的そして宗教的な偏差があったということだ。これは何を意味するのだろうか。事件の後、イスラム過激派への抗議という大義名分のもとに、フランス国民が一体化したように世論は語った。しかし実際は、デモに参加したのは現体制下で安定と利益を享受している階層であった。

 テロとの闘い、自由の擁護は、それ自体としては誰も異を唱えないが、それが社会の他の問題を隠蔽(いんぺい)する口実になってはいけない、と著者は警告する。失業率が高い状態が長く続き、教育の格差が固定し、経済的不平等が拡大しつつある中で、マイノリティーであるイスラム教徒と移民は差別にさらされやすい。そうした社会分裂の危機こそが、もっとも不安な要素なのである。

 宗教的無関心と格差の拡大が合わされば、外国人恐怖症を誘発する、というのがトッドの持論である。だとすれば日本でも、外国人にたいする差別・排外意識が高まり、社会の諸問題を彼らの責任に帰するという風潮が生まれかねない。その意味で、本書は日本への間接的な警鐘にもなっている。

 (堀茂樹訳、文春新書・994円)

 <Emmanuel Todd> 1951年生まれ。フランスの歴史人口学者。著書『帝国以後』など。

◆もう1冊

 師岡康子著『ヘイト・スピーチとは何か』(岩波新書)。日本や欧米の排外的ヘイト・スピーチの事例を挙げ、共生への方途を探る。

中日新聞 東京新聞
2016年4月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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