• チップス先生、さようなら
  • ゆうじょこう
  • 国語、数学、理科、誘拐

書籍情報:openBD

新学期だからこそ「学ぶこと」を問う3冊

[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

 仰げば尊し、わが師の恩――そんな歌詞の意味も、大人になってからようやく気づくのが人間の哀しい性。けれど、「本」という先生はいつだって、魅力的な学び舎を用意してくれる。

 ジェイムズ・ヒルトンの『チップス先生、さようなら』(白石朗・訳、新潮文庫)は、古き良きイギリスの代表的なパブリック・スクールの生活を描いた永遠の名作。「チップス先生」と呼ばれ、何千人もの生徒たちから愛され続けた主人公が、六十年間にわたる輝かしい思い出を振り返っていく。

 とはいえ、チップス先生はいわゆるスーパーマンではない。赴任当日は生徒にナメられないよう振る舞うので頭が一杯だったし、プライベートで不幸のどん底に突き落とされた時は、教師の職までなげうちたくなるほどの衝動に駆られたこともある。それでも、まごうかたなき名教師たりえたのは、彼自身が「学ぶこと」を止めなかったからだ。

 第一次世界大戦下、榴散弾の破片が次々に降ってくるなか、ユーモアたっぷりの授業で生徒を笑わせる場面は、力強く、美しい。

 一方、読売文学賞を受賞した村田喜代子の『ゆうじょこう』の中では、明治期に実際につくられた遊女や芸妓らのための学校「女紅場」が描かれる。

 海女と漁師の子として産まれ、文字を持たないまま遊郭へ売られた少女が、読み書きを通じて世界の輪郭をひとつひとつ獲得していく姿に心が震える。彼女にとって「学ぶこと」とはそのまま、自らの人生を手に入れることなのだ。

 現代の学び舎事情を知りたい方は、青柳碧人の異色の塾ミステリ『国語、数学、理科、誘拐』(文春文庫)をどうぞ。個性的すぎる学生講師五人が、身代金五千円(!)の誘拐事件の謎と、その過程で発生するさまざまなクイズを解き明かしていく、ユニークなエンタメ小説だが、本書の核は次の台詞に集約される。〈「勉強するってことは、知識や応用力とともに余裕を手に入れることなんだ。そうなるとね、人に優しくできるんだって」〉――いくつになっても学ぶ意味は色褪せない。

新潮社 週刊新潮
2016年4月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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