日本文学源流史 藤井貞和 著

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日本文学源流史

『日本文学源流史』

著者
藤井, 貞和, 1942-
出版社
青土社
ISBN
9784791769100
価格
4,620円(税込)

書籍情報:openBD

日本文学源流史 藤井貞和 著

[レビュアー] 三浦佑之(立正大教授)

◆時々のことば 繋がり探す

 ほとんどの川にいくつもの源流があり、日本文学の源流も一つではない。神話紀-昔話紀-フルコト紀-物語紀-ファンタジー紀を本流とするなら、琉球弧やアイヌの文学は、異質でありつつ大きな支流を形成する。むろん、どの<紀>にもいくつもの時代のことばと表現が流れ込み、本流は絶えずその姿を変える。それら源流をたずね、流れを下りながら、その時々のことばのありようを、斬新かつ独特な語り口で解きあかして現代へと至る、それが本書である。全二十一章、五百ページにもなろうかという長い旅路だ。

 時間軸に沿わせて、神話紀は縄文、昔話紀は弥生、フルコト紀は古墳時代にその源流があると著者はいう。ごく一般的な認識からすると無理がありそうな展開も、その論理に乗って読み進めてゆけば、なるほどと思わされる。まるで藤井マジックだが、昔話/民話はたしかに弥生時代に語られていてもいい。その時代の昔話として。

 興味深いのは、文字に拘泥せずに文学を考えているところだ。音声による表現と口頭の文化を、著者はいつも意識しながらことばに向きあう。それゆえに、フルコト紀から物語紀への繋(つな)がりも自在なのだと思う。「速記術の道具としてひらがなは生れた」とか、「懸け詞は、文字があったら成り立たない」などという発言ができる文学史家が、はたして何人いるだろうか。

 ちなみにファンタジー紀とは、物語紀のあとに広がる中近世の多彩な表現群をさす著者の名付け。これ以降に新しい<紀>はなく、ファンタジー紀がいつまでも続くという。そのなかで、藤貞幹(とうていかん)『衝口発(しょうこうはつ)』の神話理解を評価して、今や賞味期限の切れそうな本居宣長『古事記伝』こそが、古事記を「自分の都合のいいように作り替え」ているではないかといった発言に出会うと、さすが藤井さん、とあらためて敬服する。

 以上が三部全十四章。このあとに第四部六章と終章が続くが、その知識量に気おされて声なし。読まれたし。

 (青土社・4536円)

<ふじい・さだかず> 1942年生まれ。国文学者・詩人。著書『源氏物語論』など。

◆もう1冊 

 ドナルド・キーン著『日本文学史』(全十八冊、土屋政雄ほか訳・中公文庫)。古代・中世から近現代の日本文学史を詳細にたどる。

中日新聞 東京新聞
2016年4月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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