“今どき”の高校生のリアルさが光る、王道青春小説

レビュー

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ふたりの文化祭

『ふたりの文化祭』

著者
藤野, 恵美, 1978-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041038130
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

“今どき”の高校生のリアルさが光る、王道青春小説

[レビュアー] 吉田伸子(書評家)

 お待たせしました。『わたしの恋人』『ぼくの嘘』に続く「神丘高校シリーズ」(と、勝手に呼んでいる)第三作、『ふたりの文化祭』です。

 シリーズものは、途中から読んでも楽しめるものもあるけれど、このシリーズに限っては、刊行順に読んでもらえると嬉しい。というか、読んでください。お願いします。どうしてなのかは、『ふたりの文化祭』のあとがきの冒頭で、佐々木敦氏が触れているので、そちらを読んでくださいませ。

 とはいえ、本シリーズとまだ出会っていない読者の方もいると思うので、ざっくりと説明をば。舞台は、公立トップクラスの進学校・神丘高校。そこに通う高校生たちの日常を描いた青春小説だ。主人公は男子と女子の二人、それぞれの視点で交互に綴られていく、というのがシリーズに共通の構成になっている。『わたしの恋人』では、古賀龍樹と森せつな、『ぼくの嘘』では、笹川勇太と結城あおい。そして本書では、九條潤と八王寺あや。龍樹以外の五人は一組の同級生だ。

 タイトルからも分かるように、本書の真ん中にあるのは、文化祭だ。一組の文化祭実行委員の田淵が、委員の仕事を九條にぶん投げたところから、物語は回り始める。この仕掛けも絶妙で、そこそこイケメンだし、スクールカーストの上位にいるものの、田淵は人間性が今いちなので、さらにイケメンで性格も良い九條には勝てない、ということが背景にあるのだ。

 勇太の提案で、一組の企画はお化け屋敷に決まる。文化祭で、お化け屋敷! 文化祭でお化け屋敷!(大事なことなので、二回書きました。)高校の文化祭というだけでもキラーワードなのに、それに加えてお化け屋敷。

 ただし、お化け屋敷がメインではない。クラスの企画に向けて、準備段階からみんな(除く田淵)で盛り上がっていくくだりもいいのだが、物語の肝は、九條と八王寺のドラマだ。

 同じ保育園に通っていた二人だったが、その後の展開は真逆だ。爽やかなスポーツマンでイケメン街道を順調に歩んできた九條と、いじめを経験したうえ、凡庸な容姿もあいまって、お地味街道をひっそりと歩んで来た八王寺。高校で同じクラスになった時、八王寺はすぐに九條に気付いたのに、九條は八王寺に気づかなかったほど。そんな二人が、文化祭の準備で、少しずつ距離を縮めていく。

 と、こう書いてしまうと、前二作同様、九條と八王寺の恋バナか、と思われそうだが、そうではない。そして、そうではないところが、本書の美点だ。本書のテーマは、九條と八王寺が、それぞれに自分の殻を破るところにあるのだ。二人がそこに至るまでの過程が、じっくりと丁寧に描かれていて、本書の読みどころになっている。

 本シリーズの特徴は、ボーイ=ミーツ=ガール、これに尽きるのだが、作品ごとに凝らされた仕掛けは、本当に心憎いほど。青春小説の甘酸っぱさをふんだんにちりばめながらも、今どきの高校生女子、高校生男子の、綺麗事だけではない日常が描かれているのがいい。そのことは、彼らの成育の背景を読めば分かる。ピアニストの父親と編集者の母親という、仲睦まじい両親がいる龍樹はむしろレアケースで、せつなにしろ、勇太にしろ、あやにしろ、それぞれが家庭に何らかの問題を抱えているのだ。そういう背景があるからこそ、彼らのキャラクターが、リアルに立ち上がってくる。「今」の青春小説になっている。

 本書の美点をもう一つ。本書には様々な本が登場する。それだけでも素敵なことなのだが、なかでも、アーノルド・ローベルの絵本『ふたりはきょうも』が、大事な役を担っていて、それが本当に素晴らしい。どう素晴らしいかは、実際に読んで味わっていただければと思う。

KADOKAWA 本の旅人
2016年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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