『ひとりの記憶 海の向こうの戦争と、生き抜いた人たち』
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ひとりの記憶 海の向こうの戦争と、生き抜いた人たち 橋口譲二 著
[レビュアー] 米田綱路(ジャーナリスト)
◆20年反芻した声編む
今から二十年前、著者は残留元日本兵や戦前戦中の日本人移民を訪ねてインドネシア、サイパン、ポナペ、台湾、韓国、中国、ロシア、キューバなどを旅した。海の向こうで戦争を体験し、戦後を生き抜いた世代の肉声を聞く最後のチャンスに、「間に合ってよかった」と言う。そんな十人の貴重な声を編んだ一冊だ。
けれども戦争体験者の証言集としてそのまま出さず、声を二十年間反芻(はんすう)し、「自分の身体に通す」作業を続けた。昔話ではなく、今を生きる私たちにつなげるためだ。書名の「ひとりの記憶」に、聞き手の強い思いが表れる。国家が起こした戦争は個人を翻弄(ほんろう)し、家族を海で隔てた。「しょうがない」と語り手たちは折々に言う。それでも彼らは希望と意志で異郷を生きた。その残夢の記憶にこそ、著者は身近さを覚えている。大文字の国家や戦争で了解するのではなく、ひとりの感情に沈潜する意図はそこにあった。
インドネシアで会った元日本兵は当時八十六歳。そこで敗戦を迎えた後、「希望が迷ってしまった」と引揚から逃げた。独立戦争で必要とされ有意義な人生だったと語るが、一文無しの居候で一畳に子や孫と暮らす日々。一つだけのマットにくぼんだ三人の人型を見て、著者は「唸(うな)りたくなるような感情」を書き記す。
随所に印象深い記憶の語りや表現がある。人生の水底に誘われるような本だ。
(文芸春秋・1836円)
<はしぐち・じょうじ> 1949年生まれ。写真家。著書『ベルリン物語』など。
◆もう1冊
本庄豊編『引揚孤児と残留孤児』(汐文社)。中国や朝鮮半島などで敗戦を迎え、家族を失った子どもたちのその後。