『かなわない』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
「日本死ね!!!」の呪詛が写真家の叫びに反響する
[レビュアー] 都築響一(編集者)
インターネットとデジタル技術の発達は、2つの新しい表現を開花させた。「自撮り」と「自分語り」である。2つのカメラを備えたスマホと自撮り棒の出現なしに、これほど「自分を撮影する」人間が出現したろうか。そしてブログやSNSといったネットサービスなしに、これほど「赤の他人に向けて自分を語る」人間が増えたろうか。
『かなわない』は写真家の植本一子(いちこ)が2010年から発表している『働けECD』というブログを主にまとめたものである。タイトルは植本さんの夫であるベテラン・ラッパーのECDにちなんだもの。共働きの夫婦ふたりと娘ふたり、4人家族の日常を綴ったものだが、これがもう……赤裸々という言葉以上にふさわしい表現が見つからない、まるっきりのあかはだか。ブログだから読者の存在を想定しているはずなのに、「ここまで書いていいのか!」という驚きと、「こんなに追い詰められた日々で大丈夫なのか!」という怖れで、先を知りたくないのに読むのを止められない状態に追い込まれる。
ぎりぎりの収入の中での、切り詰めざるを得ない生活。なかなか言うことを聞いてくれない子どもたちとの、ときに家庭内暴力すれすれの格闘技に近い関係。そして後半になって突然明かされる、第二の男性との愛憎のもつれ……2段組で約280ページ、写真家なのに1枚の写真も入らないまま、あまりにも濃い、息詰まる日常の記録が詰め込まれていて、これが最高に上手く書かれたフィクションだったらいいのに、と何度も思わされた。そして同時に、「これはあたしだ!」と思う若いお母さんが、いまの日本にどれほどいるかも、容易に想像できた。
『かなわない』は孤立した都市生活者の叫びとも読めるし、「保育園落ちた日本死ね!!!」に象徴される現在の社会制度への呪詛とも読める。なにより、圧倒的な日常の集積が生み出す、文学とは別種のざらつきを持つリアリティ表現と、僕には読めた。