人間の知性を明らかに

インタビュー

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教養としての認知科学

『教養としての認知科学』

著者
鈴木 宏昭 [著]
出版社
東京大学出版会
ジャンル
哲学・宗教・心理学/心理(学)
ISBN
9784130121101
価格
2,970円(税込)

書籍情報:openBD

人間の知性を明らかに

[文] 東京大学新聞社編集部員

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鈴木宏昭教授(青山学院大学)

「認知科学の究極の問いは、人間の知性とは何かということです」と鈴木宏昭教授(青山学院大学)は語る。2千年以上そうした問いに取り組んできた哲学、また脳科学、情報科学などの成果を活用しながら人間の知性について探求する学問が、認知科学だ。知性について考える素材は「実は身の回りにあふれています」。

 例えば、「若者による凶悪犯罪が増えている」という言説。統計的には明らかに間違いだが、そう信じている人は多いのではないだろうか。それは「利用可能性ヒューリスティクス」が影響している。新聞やテレビの報道など、身近なものに基づき判断を行う問題解決の一類型だ。

 他にも、罪を犯していないにもかかわらず自白を強要され続けると、実際には起きていないことが「想起」され「虚偽の記憶」が形成されてしまうこともあるなど、人間の知性は多くの問題を抱えている。認知科学は、こうした問題がなぜ起こってしまうのかを解き明かすことで実社会に重大な示唆を与える。

 記憶に新しい米グーグル社の「アルファ碁」や東大合格を目指す「東ロボくん」などの人工知能の研究は、認知科学と相互に影響を与え合ってきた。しかし、人間の知性は入試問題が解ける、囲碁ができるという能力にとどまらない。凸凹した道やツルツルした道を難なく歩けることも立派な知性。「東ロボくんは、そもそも受験会場に自力でたどり着けませんよね」。認知科学が対象とする知性とは「どんな状況の下でも何とか生き抜く力」なのだ。

 鈴木教授は学生時代、人が問題を解く際に、頭の中では何が起こるのかということに一貫して関心を持っていた。「新しい教育心理学を作ってやる、くらいの気概を持っていましたね(笑)」。その熱意から、日本ではまだほとんど知られていなかった認知科学にのめり込んだ。

 現在では、ひらめきがどのように形成されるかということをテーマに研究を重ねる一方、大学生のレポートライティングを題材とした書籍を著すなど、教育への関心も強く、東大でも「情報認知科学」の講義を受け持つ。本書には講義での経験なども反映されており、教科書としても読めるようになっている。

「教養としての」というタイトルを付けることに、最初は「説教臭くてためらいました」と鈴木教授は振り返る。あえてこのタイトルにしたのは「認知科学は現代人の必須教養」だという強い思いがあったからだ。

 鈴木教授は教養を「多様な社会の中で意思決定をするための頼れる相談相手」と定義する。数多くの、そして多種多様な「伴走者」がいることで、偏見を持つことを避けることができる。「それがリベラル・アーツ、つまり先入観・思い込みから自由になるための技術としての教養なのではないでしょうか」と鈴木教授は言う。

 本書では、定説のない研究の最前線は多くを扱うことができなかったというが、中でも興味深い題材はコラムで取り上げられている。知性について考究する認知科学をこの一冊で概観することは、大学で学問するにあたって強力な武器となるだろう。

***

 89年、教育学研究科博士課程単位取得退学。博士(教育学)。東京工業大学助手などを経て、93年より現職。

東京大学新聞
2016年4月19日第2756号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

東京大学新聞社

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