[本の森 医療・介護]『焼野まで』村田喜代子/『あなたの人生、逆転させます』小笠原慧

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『焼野まで』村田喜代子/『あなたの人生、逆転させます』小笠原慧

[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)

 震災から5年。一つの区切りとして多くの関連書が出版された。再興の息吹も感じられるなか、まだ癒えない疵を抱えて苦しんでいる人も多い。

 村田喜代子『焼野まで』(朝日新聞出版)は大震災直後に子宮ガンを告知された主人公が、特殊な治療を選択し、その経過を克明に記録した物語である。

 2011年3月15日、60代の長谷川和美は「オンコロジー・センター」近くのウィークリーマンションに入居した。オンコロジーとは腫瘍医学のこと。九州の火山島を望む町にあるこの施設では、X線による特殊な放射線治療を行っている。子宮体ガンの告知を受けた和美は、切除を勧める医師を振り切り、アメリカで開発された最先端放射線医療を選択したのだ。

 治療は毎日、数十秒のX線放射を受けるだけだ。それが1か月続く。人によっては仕事を続けながら治療を受けるというが、和美は強烈な放射線宿酔を起こした。センターを出るとふらふらとマンションを目指す。時には書店に寄ってほんの少し息を整え、時には放射線仲間と銭湯へ行く。あとはただベッドに横になり時間が経つのをやりすごすだけだ。

 どーんどーんと火山の噴火する音が聞こえる。この町では当たり前のことだ。だが遠く東北では津波の被害が次第に大きくなっていく。体の中では、ガンに放射線がさらさらと振りかけられていく。

 実際、作者自身がこの治療法を受け、3か月後にガンは消失、5年後の現在も再発はしていないそうだ。体内のガンから地球の成り立ちを想像する、壮大な物語である。

 かつて、精神的な悩みを相談する場所を探すのは難しかった。病院の精神科を受診するのは勇気がいるし、家族や友達に相談しても解決法を見つけるのは難しい。

 だがメンタルクリニックが登場し、心の病に苦しむ人の大きな助けとなっている。

 小笠原慧『あなたの人生、逆転させます』(新潮社)はそんな町中のメンタルクリニックを舞台に、新米療法士と伝説の精神科医がタッグを組み、様々な症状を解決に導いていく。

 朝気づくと見知らぬ場所にいるという男性は現実逃避したくなる秘密があった。離婚と母親の愛情過多から少年は荒れ、家出をした。潔癖症で外出もままならない少女の心の奥には別れた父の理想像があった。自殺願望の強い女性には「心のトレーニング帳」を渡し、気持ちを立て直す練習をさせた。

 小笠原慧は、発達障害やパーソナリティ障害治療の最前線で活躍する、精神科医の岡田尊司のペンネームである。それだけに治療の描写は臨場感に溢れている。心が“何か”に雁字搦めにされ、不調や不思議な行動に結びつく病を治すことは、何重にも鍵がかかった扉を根気よく開けていくようなものなのだろう。いざという時はこんなクリニックを訪ねたい。

新潮社 小説新潮
2016年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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