• 絶筆
  • 酒場の風景
  • 風聞き草墓標
  • イタリアからイタリアへ
  • 風の系譜

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川本三郎「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

 野坂昭如は年を取っても若かった。最後の書『絶筆』は脳梗塞で倒れ、リハビリ中の作だが、不思議なことに若々しい。

 老いの悟りや諦めとは無縁。国の行く末を憂い、我が身を叱咤する。軽妙な冗舌体の文章は若い頃から一貫している。時代の中を走り続けた若さに敬服する。

 常盤新平『酒場の風景』は銀座の小さなバーを舞台にした連作短篇集。

 居酒屋ばやりのいま、忘れられがちだが、バーで静かに飲むのが大人の嗜みだった時代があった。

 二十年以上前に書かれた作品だけに、良きバーの時代が懐しくなる。

 仕事を持った女、離婚した女、失恋した女、男を待つ女。彼女たちを愛しむ作者の気持が優しい。

 諸田玲子『風聞き草墓標』はミステリの要素の濃い時代小説。

 江戸中期、幕府による貨幣改鋳をめぐって権力闘争があった。敗れた者は悲惨な目にあった。

 二十年後、いまは妻女となった女性が事件の真相を追う。そして、佐渡奉行の父親こそが事件の鍵を握っていることを突きとめる。

 父の冤罪を晴らすのではない。逆。娘が父の罪を暴く。娘の迷い、苦しみが物語の核になる。作者、会心の作ではないか。

 内田洋子『イタリアからイタリアへ』は、市場のにぎわい、通りのざわめきが伝わってくるエッセイ。

 若き日、著者が留学したナポリの話が面白い。この町では時間通りに物事が進むことはまずない。遅れるのが当り前。それでいて皆んな楽しそう。

 危ない町と言われるナポリの裏町に入り込んでゆく著者の元気さに脱帽。

 野口冨士男の母親は芸者だった。『風の系譜』はその母親を描く。芸者を華やかな座敷からではなく、家庭という暮しの場から見ているのが新鮮。

新潮社 週刊新潮
2016年5月5・12日ゴールデンウイーク特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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