「家系」から肉迫した生身の原節子

レビュー

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原節子の真実

『原節子の真実』

著者
石井 妙子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103400110
発売日
2016/03/28
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

「家系」から肉迫した生身の原節子

[レビュアー] 平山周吉(雑文家)

 銀幕とメディアから完璧に姿を消し去って半世紀以上、日本でもっとも難攻不落な取材対象であった原節子に、ここまでやるかと肉迫した本である。その徹底した取材は、ある種、感動的ですらある。母の病気から、戦中の「空白の一年」、義兄との関係や「たったひとつの恋」まで。ゴシップすれすれまで行って、踏みとどまっている。それでいて、幻影の原節子(芸名)と生身の会田昌江(本名)への敬意は一貫している。「やめてほしい、迷惑だ、そっとしておいてほしい」という当人の無言の強い拒否を全身で受けとめ、その上で書かれた伝記である。

 著者の石井妙子には『日本の血脈』(文春文庫)というルーツ解明のルポルタージュがある。美智子皇后、紀子妃という雲上人、小泉進次郎や香川照之という複雑な育ちの人々を「家系」という観点から取材した本だ。その本で取り上げられた十人には、「極力お会いできるよう努力したが、おひとりも取材に応じて頂けなかった」と平然と書いている。

原節子の真実』も、「取材に応じて頂けなかった」ことをバネにしている。本人に万が一取材できてしまったならば、かえって書き難い話題に触れている。「家系」という観点の重視も、原節子を描くには大きな利点になった。原は家族をことのほか大事にする女性だった。映画界入りは家の経済的苦境を救うためであり、映画人だった義兄夫妻の勧めに素直に従ったまでだった。出演作や映画の良し悪しについても家族の意見に耳傾けた。後半生を暮した鎌倉の棲家は義兄夫妻の離れだったし、最後を看取ったのは甥っ子だった。家族の絆の中で護られ、静かに九十五年の生をまっとうした。

 三年余の取材を了え、現存している出演作をほぼ見尽した上で、執筆の最後にいたって著者は書いている。

「原節子とは何だったのかと聞かれたならば、私は、迷わず「日本」と答えたい」

 昭和三十四年の「日本誕生」では天照大神を演じた。昭和二十八年の「白魚」では、ラストシーンで大写しの富士山に原節子の顔がオーバーラップしたという(私は未見)。まさに「日本」そのものだが、著者が言わんとする「日本」とは、原節子その人が昭和史であり、女性史であり、映画史であり、昭和そのものを体現している、ということであろう。

「新しき土」(「サムライの娘」)では、美しい大和撫子としてヨーロッパに紹介され、ナチスのゲッベルス宣伝相に会い、日独提携のプロパガンダを担わされる。わずか十七歳の時である。多くの少年たちを予科練に誘った「決戦の大空へ」のお姉さん、戦後民主主義を体現した「わが青春に悔なし」と「青い山脈」の溌剌たる姿、日本の家族の崩壊を予知した「東京物語」の戦争未亡人。百年後の日本人が「昭和」を知ろうとするなら、原節子の映画を観ることが最短の近道となることだろう。

 原節子の「昭和」の中で、最大の問題含みの存在は、義兄・熊谷久虎である。デビューを勧め、欧米旅行に同行し、常に何やかやと口を出し、男女の仲を噂されもした。鎌倉の終の棲家は熊谷の家である。前出の映画「白魚」は熊谷久虎の戦後復帰第一作であり、その撮影中には、実兄の会田吉男キャメラマンが原の目前で事故死するというショッキングな事件が起きる。戦争で実兄と、もう一人の義兄を失っていた原にとってのさらなる悲劇だった。

 本書は当然、熊谷久虎に多くのページを割いている。この義兄なくしては、女優・原節子はないからだ。昭和三十五年のインタビューで、原自身が「義兄(あに)夫婦の存在を離れて、あたくしという人間は考えられませんわ」と語っている。「信頼は終生、揺らぐことがなかった」。

 その熊谷久虎は戦争中に、右翼の思想団体と深く関わっている。敗戦間近には、九州独立革命政府を画策する。戦後は戦争責任を問われ、映画界から追放同然となる。その間、原節子は義兄の傍近くで寄り添っていた。

 六本木の「キャンティ」は芸能人が集う有名なレストランである。この店に熊谷は戦争中、足繁く通っていた。当時は熊谷が関係した「右翼団体」スメラ学塾のサロンだったからだ。スメラ学塾は戦争末期に首相候補に名が挙がった末次信正海軍大将が塾頭だった。西尾幹二がいま再評価を進めている思想家・仲小路彰も熊谷と同じく中心メンバーだった。やはりメンバーだった小島威彦の自伝には、「薄茶の軍服姿」で男装した原節子が颯爽と登場するのだという。

 原節子伝説は、新たな事実でさらに膨らんでいく。「こんな時勢に女優をしていることが忍びない」と原が戦中に綴った手紙のことも紹介される。これらは原節子の実像を知る大事な手がかりであろう。熊谷久虎のような存在を「右翼」「ファナティック」と簡単に決めつけて、既製の枠に押し込めるだけではいけないのではないか。原節子の義兄への信頼は、そうした反省をもうながす。

 本書は映画のこともふんだんに書かれている。「原節子をめぐる五人の男」ともいうべき、熊谷、山中貞雄、黒澤明、藤本真澄(プロデューサーなので、監督作品としては成瀬巳喜男と今井正)、小津安二郎の映画人同士の戦いも興味深い。

 原節子の「たったひとつの恋」の相手は、彼ら五人よりはずっと才能が劣った脚本家だった。椎名利夫は戦後、美空ひばり主演の「悲しき口笛」を書いている。井伏鱒二原作の「集金旅行」、梅崎春生原作の「ボロ家の春秋」はまあまあの喜劇だった。そんな男を好きになる女性だったことで、伝説はまた膨らんでいく。

新潮社 新潮45
2016年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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