リフォームは人生の断面

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リフォームの爆発

『リフォームの爆発』

著者
町田, 康, 1962-
出版社
幻冬舎
ISBN
9784344029026
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

リフォームは人生の断面

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 リフォームは興味ぶかい。

 もともと建築一般に関心のあるほうだが、なかでも、現にある建物をいかしつつ、不具合を現実的に解消していくリフォームという行為は、人間味があってとくに面白く感じる。

 人気作家によるこの『リフォームの爆発』の場合も、爆発しているのはもちろん住宅ではなく施主である作家自身である。理想の住まいを実現させるうえで横たわる理想と現実の乖離に身悶えしながらも、作家ならではの独自な「理論」を編み出し、数々の困難に立ち向かうドキュメントとして書かれている。とはいうものの、自分で蹴り壊した雨戸をリフォームしたことで性格まで穏やかに変わったという「岡崎」なる人物を唐突に登場させたり坂本龍馬の名が出てきたり、途中で短篇小説が書かれそうになったりと、話は蛇行し、なかなか前に進まない。

 ちなみにリフォームを試みた熱海の町田邸の不具合は、「人と寝食を共にしたい居場所がない二頭の大型犬の痛苦」「人を怖がる猫六頭の住む茶室・物置小屋、連絡通路の傷みによる逃亡と倒壊の懸念」「細長いダイニングキッチンで食事をする苦しみと悲しみ」「ダイニングキッチンの寒さ及び暗さによる絶望と虚無」の四つが挙げられている。

 この中には、以前、手がけたリフォームのせいで新たに生まれた不具合もある。猫のためにつくった「連絡通路」や二室をつなげた「細長いダイニングキッチン」がそれで、不具合を解消することで新たな不具合が生まれる状態を、著者は「永久リフォーム論」と呼んで恐れている。延々とリフォームを繰り返す行為はシシュフォスの神話にも似ているが、その危険を、「夢幻理論」(ややわかりにくい)、「(前略)それ(注・いまも生じている不具合)がなくなるだけでも御の字やんけ理論」(わかりやすい)などを駆使して、作家は乗り越えていくのである。

 結果、ダイニングキッチンは南向きに大きな掃き出し窓があり、トップライトを備えたリビングと一体化、横にも拡張され、ガス式床暖房のおかげで冬も暖かくなり、大型犬も居心地の良いリビングの一室に居場所を得た。リビングの南には二十畳のウッドテラスが広がっているというから人間もさぞ快適に暮らせるだろう。猫たちも、爪研ぎや通気も考慮された居室で暮らしているという。

 理想と現実の妥協点を探り、破壊なくしてはなにも始まらず、ひとつのことを諦めても別のなにかを諦めない、ということにつなげる。こうして見ていくと、リフォームの作業というのは、人生の断面の一つひとつをなんと思い起こさせることか。「永久リフォーム」のサイクルに陥りそうで怖いが、一度はチャレンジしたい気がする。

新潮社 新潮45
2016年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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