『渡辺京二』
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渡辺京二 三浦小太郎 著
[レビュアー] 浦辺登(文筆家)
◆近代を探る思想家に肉薄
本評伝の主人公は渡辺京二、九州熊本に居を構え、その風土を背負い、いまだ表現意欲の衰えない思想家だ。淡々と近代そして近代以前の日本とは何かを探っている。その姿は坂本龍馬らの敬愛を集めた幕末の思想家・横井小楠を彷彿(ほうふつ)とさせる。江戸末期の失われた民衆像を描いた『逝きし世の面影』などを手に、東京から渡辺のもとを訪ね来る女子大生もいるという。
その渡辺は幼少時、派手好きで夢見がちな父、庶民的な母、異母兄に挟まれて育った。「京ちゃん、意地悪してごめんね」と末期にやさしい言葉を遺(のこ)して逝った姉の言葉に、絶対真理の淵を覗(のぞ)き見もしたことも描かれる。
青年期には死の淵に立たされた。結核に冒され、療養所生活を余儀なくされる。肋骨(ろっこつ)を切除する大手術を受けるが、隣室からのすすり泣きで、人は死ぬ運命を持つ存在であることも悟った。この渡辺の幼少青年期の体験が思想を生み出す源泉なのか。
「所詮(しょせん)、思想家はその著作以外に彼を理解する術(すべ)は無い」と著者は忠実に渡辺の作品を追う。本書の大半は渡辺の著作の評論で占められている。神風連、西郷隆盛、宮崎滔天(とうてん)、北一輝、二・二六事件…。<近代とは何か>という一貫して渡辺が抱く問いを、近代以前に遡り、史実を丁寧になぞることで、権力により共同体が置き去りにされてゆく歴史の経緯が丹念に描かれる。挑むように渡辺の思想を分析し、その道しるべを作りながら、本質に迫ってゆく著者の姿にも昂奮(こうふん)を覚えた。
渡辺にある一つの気質として、熊本人を評した<ワマカシ>も感じる。「複雑」「聡明(そうめい)」「批評的な自意識」などを意味する方言だが、同時に相手の出方を観察する独特の気風でもある。
白眉は渡辺が「桃源郷の住人」という石牟礼道子の章だ。石牟礼との邂逅(かいこう)は、渡辺の抱く失われた基層民たちの姿を想起させる心安らぐ世界である。共に先の熊本地震に見舞われたが、無事を祈るばかりである。
(言視舎・4104円)
<みうら・こたろう> 1960年生まれ。評論家。著書『嘘(うそ)の人権 偽の平和』など。
◆もう1冊
渡辺京二著『幻影の明治』(平凡社)。山田風太郎の明治物小説などを手がかりに、旧士族など変動期の人々の思いを描いた評論集。