殺した「敵」は26人、殺した「味方」は40人!【自著を語る】

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新選組 粛清の組織論

『新選組 粛清の組織論』

著者
菊地明 [著]
出版社
文藝春秋
ISBN
9784166610730
発売日
2016/04/20
価格
902円(税込)

書籍情報:openBD

殺した「敵」は26人、殺した「味方」は40人!【自著を語る】

[レビュアー] 菊地明

「敵」より「味方」を殺した新選組の真実!

『鞍馬天狗』の影響からか、昔、新選組には「勤王の志士を斬りまくる暴力集団」という悪のレッテルが貼られていました。それが司馬遼太郎の『燃えよ剣』あたりから、「農民出身だけれど、武士よりも武士らしく戦った若者たち」と、好感を持つ方が増えたように思います。

 両極端のイメージですが、じゃあ実際はどうなのだろう、と皆さんも思いますよね。映画や小説はフィクションですから、それぞれの新選組像があっていいと思いますが、研究者としては事実に目を向けなくてはなりません。そこで今回は「内部粛清」と「移り変わっていく組織」に注目しながら、新選組とは何だったのかを考えてみました。

 調べてみると、新選組が殺した「敵」は鳥羽・伏見の戦いが始まる前までに26人います。ここには池田屋事件で討ち取った7人も含まれます。そして病気や闘死などで「死亡した隊士」は、池田屋事件での犠牲者3人を含めて10人です。

 それと比べて「内部粛清した隊士」は40人。これこそが、新選組の真実を表しているのかもしれません。

隊士増加と隊規の強化

 粛清の理由は様々です。内部抗争以外の理由で一番多いのは、脱走関係の9人。そもそも隊規は脱走を防ぐために作った、と言っていいと思います。子母沢寛が伝える「局中法度」という名称は創作ですが、実際にかなり厳しい掟があったようです。食い詰め浪人の集団をまとめるには「脱走は切腹」くらいの覚悟をさせねばならなかったのでしょう。次に間者(スパイ)として粛清されたのが4人。それ以外にも金策、婦女暴行、反幕活動など様々な死に方から、組織のイメージが見えてきます。

img_aafcb4b703a89526128468895b5087c366360粛清された隊士一覧(本文より)

書かれざる「粛清されたリーダーたち」

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近藤勇

 新選組というと、やっぱり近藤勇・土方歳三・沖田総司という江戸の試衛館道場からの面々が人気です。私も、これまでほとんど彼ら「人気メンバー」を中心に書いてきました。

 ただ、今回は敢えて「粛清された組織内の敗者」にスポットを当てて、いつもと違う角度から描いてみたつもりです。中でも大幹部なのに粛清された芹沢鴨、山南敬助、伊東甲子太郎をメインキャストに据えています。

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土方歳三

 近藤・土方に視点を置いてしまうと、どうしても彼らは悪者扱いされがちです。そのイメージを取り払うことで、新しい新選組像も見えてくると思ったのです。研究を始めて40年ほど経ちますが、芹沢の出自については改めて調べてみました。伊東も結構まじめに隊務に励んでいたことが分かります。この本は、いわば「正史」をひっくり返すたくらみでもあるんですよ。

組織論として読む新選組

 私はなるべく私見を入れずに「史料に語らせる」スタイルで本を書いてきました。今回もそこは変わりませんが、各章ごとにテーマを設けることによって、組織論としても面白く読めるよう工夫しています。

 幕末は時の流れとともに思想も激しく移り変わっていて、攘夷に対する考え方や幕府との距離について、隊内でもスタンスの違いが明確化していきます。それが内部抗争の火種になり、粛清が繰り返されることになるわけです。

 でも、こういった組織内の対立や分裂というのは幕末に限ったことではなく、現代の組織にも言える話なのではないでしょうか。創業者から二代目へ、そして拡大とともに血縁経営から組織体へと変化していく――企業に例えてみても面白いかもしれません。

新しい新選組像を求めて

 新選組の拡大を夢見たリーダーの近藤は、粛清した御陵衛士(伊東甲子太郎のグループ)残党によって右肩を撃たれて剣士生命を失います。そして「大久保大和」の名前で新政府軍に出頭すると、板橋の処刑場でも御陵衛士残党に正体を見破られ、斬首へと追いこまれます。粛清の因果によって新選組は滅びてしまった、という見方もできるのではないでしょうか。

 こうして新しい新選組像を書いてみて、自分自身にも新鮮な気持が芽生えました。新選組はライフワークのようなものなので、もう距離が近すぎちゃって、皆さんが何を知っていて何を知らないのか分からなくなっちゃうんですよね(笑)。5月7日には久しぶりに土方歳三忌にお邪魔して、ファンの方々と熱気を共有してきました。読者の皆様にも新しい新選組像をお届けできたら幸いです。

文藝春秋BOOKS
2016年5月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

文藝春秋

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