史上稀にみるバカキャラが続出! 暴走するアメリカから目が離せない【自著を語る】

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史上稀にみるバカキャラが続出! 暴走するアメリカから目が離せない【自著を語る】

[レビュアー] 町山智浩(映画評論家)

 2016年の大統領選挙で共和党から出馬した不動産王ドナルド・トランプはもともと共和党員ではないアウトサイダーで、予備選で、他の共和党の候補をコケにしまくっている。たとえば、フロリダ州の上院議員で共和党の若手のホープ、マルコ・ルビオをこんな風にツイッターで罵倒した。

「他の共和党の政治家と同じで、口ばっかりの能無しだよ。リトル(ちび)・マルコは」

「トランプはいつも僕をリトル・マルコと呼びます」2月29日、フロリダ州のマルコ・ルビオ上院議員は支持者を前にグチった。「たしかにトランプのほうが背が高い。でも、トランプは手が小さい。手が小さい男はアソコも小さいって言いますよね?」

 3月4日の共和党候補の討論会でトランプは反論した。トランプは「保証する。俺のアソコには何の問題もない!」

 中学生並の口ゲンカをしているうちに、ルビオ候補は地元フロリダの予備選で惨敗し、戦線から離脱した。トランプのホワイト・ハウスへの道を阻む者は、テキサス州のテッド・クルーズ上院議員のみになった。

 3月24日、ネットにトランプの妻メラニア夫人のヌード写真がバラまかれた。拡散のために作られたネットミームというやつだ。彼女はスロヴェニア出身のグラビア・モデルで、2005年に24歳年上のドナルド・トランプと結婚した。そのヌードは結婚前に男性誌GQに載ったものだ。ネットミームにはこう書かれていた。

「次期大統領夫人を紹介します。これが嫌なら、テッド・クルーズに投票しよう」

 トランプは怒り狂って、テッド・クルーズに対してこうツイートした。

「気をつけろよ。ウソつきテッド、貴様の女房に豆をこぼしてやる!」

「豆をこぼす Spill the beans」とは「不都合な秘密を暴く」というイディオム。クルーズはトランプに「Sniveling coward(泣き虫の卑怯者)め! カミさんには手を出すな!」と反撃。「スニヴェリング・カワード」という言葉も子ども同士のケンカ以外ではめったに耳にしない言葉だ。

 クルーズは「トランプの選挙活動の下劣さは最低レベルに落ちた」と眉をしかめながら「トランプ夫人のヌードをネットミームにしたのは自分ではない」と言い張った。「スーパーPACが勝手にやったんだ」

 PAC(政治活動委員会)とは、政治家を勝手に応援する後援会で、2010年の最高裁判決でPACに対する献金額の上限がなくなったので、大富豪や企業の出資による数十億円規模のスーパーPACが乱立した。2014年の共和党予備選ではスーパーPACが敵対する候補を中傷するCMを大量に流しまくった。いくら下品で卑劣なCMが流れても、候補者は「私は知らない。スーパーPACが勝手にやったことだ」と言い逃れた。今回のテッド・クルーズの言い訳もそういうことだ。

 すると思わぬ所からクルーズに「豆がこぼされた」。アメリカ最大のタブロイド紙「ナショナル・インクワイラー」が、テッド・クルーズの浮気相手5人の写真を載せたのだ。顔にはモザイクが入り、名前は伏せられているが「クルーズの元選挙スタッフ」「ワシントンDCの弁護士」「テキサスの学校教師」「高級コールガール」などと細かく説明が入っている。クルーズはキリスト教福音派で、モラル保守が売り物なので大スキャンダルだ。ネットではたちまち身元特定が始まり、すぐに一人目が判明した。トランプの広報担当のカトリーナ・ピアソンだった。

 ピアソンはアフリカ系の美人だが、トランプ以上の暴言大将として悪名高い。ライフルの銃弾を並べたネックレスをしてテレビに出演して、銃を持つ権利を守れと主張した。「次は人工中絶に反対するため、胎児のネックレスをします」

 ピアソンはテレビ番組で「クルーズのゴシップをリークしたのは我々ではありません。私は彼とは寝ていません」と噂を否定し、「クルーズ夫人に豆をこぼすのは簡単です」と反撃を始めた。「彼女は父ブッシュの下でNAFTA(北米自由貿易協定)に参加していました。NAFTAのせいでアメリカの仕事はカナダやメキシコに奪われました。また、ゴールドマンサックスの取締役です」トランプはクルーズとゴールドマンサックスの癒着を攻撃し続けている。

 さらにトランプは、クルーズ夫人が鬼瓦のような顔で目をむいている写真とトランプ夫人のセクシーな写真を並べた写真をツイートした。「どっちがいいか一目瞭然」と書かれていた。下劣さの底は一向に見えてこない。

 タブロイドと政治ニュースの見分けがつかない、そんなアメリカにようこそ!

(「まえがき」より)

文藝春秋BOOKS
2016年5月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

文藝春秋

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