『FEED』
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傍観者ではいられない、胸に刻まれる物語
[レビュアー] 藤田香織(書評家・評論家)
ワイドショウや報道番組を見ていて、ときどき考えることがある。
学校内での虐めや、地元の遊び仲間たちの諍いが「事件」になり、その加害者や被害者について、同級生や友人たちが証言している映像が流される。同じ場所にいて、同じ物事を見ていた(かもしれない)のに、加害者と被害者と証言者に分かれることになったのは、どんな違いがあったからなのか。違いは最初からあったのか。彼らにはその「分かれ道」が見えていたのか。なにがどうしてどうなって、こんなことになったのか――。考えてはみるものの、その度に思考にブレーキをかけてしまうのは、心の片隅で恐れているからだ。形は違っても、そんな分岐点が自分にもあったかもしれない。だけど、認めたくはない。苦い気持ちが込み上げてきて、ついテレビから目を逸らしてしまうのが常だ。
本書『FEED』はそうした、恐らく誰の胸にも残る、苦い少女時代の記憶の蓋をこじ開ける物語である。
主な登場人物となるのはふたりの少女、十六歳の伊沢綾希と、同年代の関井眞実だ。三カ月前まで、進学高に通う「いい子」だった綾希は、冬のある日、コンビニに行くと言い残し家を出た。行くあてもなかった彼女が辿り着いたのは、築四十二年の鉄筋四階建て、キッチン、バス、トイレが共同のドミトリータイプの『シェアハウス・グリーンヴィラ』。敷金礼金などの初期費用がかからず、保証人も必要なく年齢制限もないのは好都合だったが、欠点も限りなくあった。〈プライヴェートは皆無、まわりはほぼ全員が泥棒/共同トイレ、共同キッチン、共同バスは清潔にはほど遠い〉。「いまどきの、ふつうの若者たち」に耐えられる環境ではなく、住み続けているのは「ふつうではない若者」か「ふつうでも若くもない者」ばかり。そんな、いわば社会の吹き溜まりで、綾希は眞実と出会った。根城にしている六畳間に二段ベッドがふたつ置かれた女性専用の四人部屋の、綾希の下のベッドに眞実が越してきたのだ。
色白で、化粧気のない頬がほんのり赤く、えくぼが印象的で全体的にふんわりした雰囲気をもつ眞実は、周囲の人々への警戒心が薄く、隙の多そうな少女だった。しかし、同室のリカの怪しげな仕事の誘いを、調理師になる夢があるから、と断る真面目な一面もあった。綾希の胸にも仕事に対するハードルがあり、風俗関連には手を出さないと決めていた。そんなある日、堅気ではない男に自分たちを引き渡そうとするリカのたくらみを見抜いたふたりは、そこから、少しずつ心を交わすようになっていく。
信用できる人間などひとりもいない環境で、綾希と眞実の間に確かに生まれた絆。けれど、次第にふたりの道は分かれていく。綾希があるきっかけで知り合った喫茶店主の長谷川季枝と親しくなる一方で、眞実はシェアハウスのオーナーの知り合いと名乗る宇田川海里に心酔し、行動を共にするようになっていった。綾希の事情を察し、適度な距離を保ちながら、一杯の珈琲と居場所を与え、本を与え、仕事を与え、自立を促し見守る季枝。眞実に華やかな世界を見せ、洋服を与え、バッグを与え、男を与え、「仲間」に取り込んでいく海里。
与えられたものの違いは、求めていたものの違いだと言うのは容易いが、差し出されたものを手放したくないと必死で足掻く綾希と眞実に、どれほどの差異があったのか、断じることは難しい。
やがてふたりが、どんな場所へ辿り着くのか。ここでは明かさないが、本書を開けばプロローグから、それを察することは出来るだろう。良し悪しではなく、是非を説くのでもなく、作者である櫛木理宇は、ふたりの少女のたどった道を、ただ克明に描いていく。物語のなかに「正解」は記されていない。キャスターや司会者のように、適当な言葉でまとめてもくれない。だからこそ、読者は「傍観者」ではいられなくなる。残酷な話だと思う。辛い話だとも思う。「目撃者」となった読者は、簡単に記憶に蓋をすることはできない。
けれど、その苦味を、もう忘れたくないとも思う。大人になった今だからこそ、胸に刻まれる物語である。