[本の森 SF・ファンタジー]『彼女がエスパーだったころ』宮内悠介/『杏奈は春待岬に』梶尾真治

レビュー

7
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彼女がエスパーだったころ

『彼女がエスパーだったころ』

著者
宮内 悠介 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784062199643
発売日
2016/04/20
価格
1,458円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

杏奈は春待岬に

『杏奈は春待岬に』

著者
梶尾 真治 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784104402052
発売日
2016/03/22
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『彼女がエスパーだったころ』宮内悠介/『杏奈は春待岬に』梶尾真治

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 芋を洗って食べる猿が一定数を超えた途端、接触がないはずの群れにまで広がる――いわゆる“百匹目の猿”現象は創作だったと明らかになっているが、もしも一匹の猿が世代や生息地の枠を越えて何かを伝えることがあり得るとしたら? 宮内悠介の『彼女がエスパーだったころ』(講談社)は、火起こしの方法を覚えた猿が日本列島をパニックに陥れる「百匹目の火神」など六編を収める連作短編集だ。どの話も、シンクロニシティ、水からの伝言といった疑似科学を扱っているが、トンデモな説に魅入られる人々を啓蒙することは目的としていない。奇妙な現象を通して、世界の来し方行く末を想像する。

 表題作は、大量のスプーンを曲げながら職場の愚痴をぶちまける動画によって一躍人気者になった千晴(ちはる)という女性の話だ。彼女は超常現象への懐疑派として知られる物理学者と結婚し、一度は穏やかな生活を手に入れるが、ある夜、夫はマンションの非常階段から落ちて死んでしまう。世間はエスパーの妻に疑いの目を向け、精神を病んだ千晴は奇行を繰り返す。彼女の超能力は本物か。なぜスプーンを曲げるのか。語り手の「わたし」は千晴に取材する。作中に出てくる奇術師によれば、超能力者は〈わたしたちの共同体の認識や価値観に罅(ひび)を入れる。それでいて、新たな共同体を創出しようとはしない〉。認識や価値観の割れ目からしか見えない、悲しくも優しい光景を、この小説は描いているのだ。

 梶尾真治『杏奈は春待岬に』(新潮社)は、ある日突然、不思議な世界へ誘われることを夢見ていた子供時代を思い出させてくれるタイムトラベル・ロマンス。

 春休み。海辺の町にある祖父母の家で過ごしていた小学生の健志(たけし)が、〈春待岬(はるまちみさき)〉と呼ばれる場所を探検するシーンで物語の幕は開く。そこは私有地で、変わり者の老人が暮らしているという噂だった。やがて謎めいた洋館にたどりついた健志は、白い服を着た妖精のように美しい少女、杏奈(あんな)に一目惚れしてしまう。

 健志は杏奈に会いたくてたびたび春待岬を訪れるが、彼女は桜の咲いている間しか現れず、何年経っても歳をとらない。憧れのきれいなお姉さんが、だんだん幼い女の子に見えていく。杏奈の世話をする老人が打ち明けたところによれば、彼女は〈時の檻〉に囚われているのだ。健志は懸命に少女を救い出そうとする。

 明るく透明感のある天草の風景と、瑞々しい少年の初恋はもちろん、年齡を重ねた主人公が直面する残酷な現実も描かれているところが本書の魅力だ。永遠の少女にすべてを捧げた健志が、いつのまにか変貌した自分に気づく場面は切ない。彼が歩んできた道を振り返りながらある決断をする終盤は、大人の読者の心に響くだろう。

新潮社 小説新潮
2016年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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