エンターテインメント小説が語る危うさ――政界の闇をめぐる緊迫のサスペンス

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総理に告ぐ

『総理に告ぐ』

著者
永瀬 隼介 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041041161
発売日
2016/04/27
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

エンターテインメント小説が語る危うさ

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 荒唐無稽な小説である。新橋署の地下に秘密の拠点を置くはぐれ者の刑事たちが、あるノンフィクションライターの命懸けの訴えを信じて国家権力の悪に挑むという物語なのだ。

 だが――単に荒唐無稽と切り捨てることはできない。本書の場合、“荒唐無稽でなければならなかった”と考えるべきだからだ。

 その理由を語る前に、はぐれ者たちのチームを紹介しておこう。

 まずは視点人物の黒澤剛。警視庁組織犯罪対策部の三十七歳の警部だ。二人目は、かつては先輩として黒澤を指導し、今では階級で追い抜かれた久世尚也警部補だ。大学時代はラグビー部で壊し屋と呼ばれ、警視庁でも狼藉三昧の乱暴者である。堤俊彦巡査部長二十九歳が第三のメンバー。慶応大学では少林寺拳法部の主将を務め、文学研究で英国留学の経験も持つ。この三人を率いるのが、東大法学部卒のキャリア、三十五歳で警視正の宮本紀子だ。そして彼女は、高卒ノンキャリアである黒澤の元妻でもあった……。

 なんとも絵になるチームである。戦隊ヒーローのようにキャラがくっきりした面々が集うのだ。ちなみにチームの名前は特別保安室NEO。New Elite Officeの略であり、一騎当千の精鋭部隊を意味する。

 NEOの発足と相前後して、黒澤のもとにノンフィクションライター小林から連絡があった。現政権の重大な秘密を入手したというのだ。小林がもたらした情報は、NEOの設立目的に怖ろしいまでに沿うものであった。NEOの設立目的は、日本が道を誤らぬように政権を監視し、必要に応じて是正措置を行うことである。小林は、総理大臣である倉石喜一郎の次の狙いや、彼個人に関する極めて衝撃的な情報を――国家権力による殺人の録音データとともに――持ち込んできたのだ。

 倉石政権は、病に倒れた安生新太郎の政権を継ぐ形で誕生した。安生は、政権に批判的なテレビや新聞に圧力をかけてその言論を封じ、特定秘密保護法など政権に都合のよい法律を次々と制定し、さらに、憲法九条の拡大解釈による集団的自衛権の行使容認を強行して日本を世界中でも戦争可能にした。そしてその後継者である倉石は、自衛隊を国防軍と呼び、閣僚を引き連れて靖国に参拝するなど、安生以上の強硬姿勢を打ち出していた。そしてそれをさらに強化する策を企んでいるのだ。しかも彼はビジネスマンとして豪腕をふるって成功した経験を持ち、三世議員の安生よりよほど狡猾でタフである。だからこそ、己の地位を守るために小林に政権の秘密を伝えた元与党幹事長の佐竹を排除することもためらわないし、小林を封じることも厭わない――とここまで書けば、本書が荒唐無稽でなければならなかった理由も感じて戴けるだろう。この危ういきな臭さをきっちりと伝えつつ、エンターテインメントとして読み手を愉しませるには、明確に荒唐無稽な枠組みを必要としたのである。本書は、それほどまでにスリリングな内容を孕んだ小説なのだ。

 なにしろ著者は永瀬隼介である。雑誌記者として昭和の事件の数々を追った経験を持ち、ノンフィクションライターとしては、市川市で起きた未成年による殺人事件を掘り下げた『19歳―一家四人惨殺犯の告白』などを手掛け、そして小説家としては、『帝の毒薬』で日本軍と絡めて帝銀事件の真相を追い、『カミカゼ』で奇想天外な枠組みで特攻隊の本質に迫った人物なのである。現実の表も裏もたっぷりと見てきているのだ。それ故に、荒唐無稽の枠のなかで語られる“恐怖”は、実にリアルだ。そしてそのうえで、エンターテインメントとしての演出も一級品である。NEOや小林の奮闘がもたらすハラハラドキドキ感、勧善懲悪の快哉、危機と逆転の絶妙なバランス、もどかしさが心地よい恋愛劇。実に巧みに創られていて夢中で読み進むことができる。一気読み必至なのだ。

 それでもなお『総理に告ぐ』は灰色の余韻を残す。まさに今読むべき一冊である。

KADOKAWA 本の旅人
2016年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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