辛坊治郎「この本の中にはゼニが落ちている!」――『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』

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USJを劇的に変えた、たった1つの考え方  成功を引き寄せるマーケティング入門

『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方 成功を引き寄せるマーケティング入門』

著者
森岡 毅 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784041041413
発売日
2016/04/23
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

この本の中にはゼニが落ちている!

[レビュアー] 辛坊治郎(ニュースキャスター)

 日本プロ野球最多勝監督と言えば、南海ホークスの鶴岡一人だが、森岡氏の新著を読み終わって、真っ先に思い浮かんだのが何故かこの人物だった。

 別に森岡氏が容姿の点で鶴岡氏に似ている訳では無い。森岡氏が何かのスポーツに秀でているとはついぞ聞いたことが無いし、それどころかどう見ても典型的なオタクで、ご本人ですら、「辛坊さん、この間大阪環状線に乗っていたら、おばちゃんにいきなり『いつも見てるで、頑張ってや!』って声かけられたんです。どうやら、私、森永卓郎さんと間違われたみたいです」と言うほど、名将イメージとはかけ離れた人物だ。それなのに何故鶴岡一人を思い出したのか?

 故鶴岡氏には名言がある。それは「グラウンドにはゼニが落ちている。人が2倍練習してたら3倍やれ。3倍してたら4倍やれ。ゼニが欲しけりゃ練習せえ」というものだ。森岡氏は新著の行間で雄弁に語っている。「この本の中にはゼニが落ちている。人が2回読んでたら3回読め。3回読んでたら4回読め。ゼニが欲しけりゃこの本を読め」と。

 そして時には行間には隠し切れずに、教科書が決して教えてくれない厳しい世の中の現実を、著者は読者にストレートに突きつける。森岡氏以外に、「うどん屋の大将の年収は決まっている」などと、誰が口にできるだろうか。彼は言う。「市場構造が一定であるならば、その市場にいる人の年収も『ある一定の幅』で決まってしまう」のだと。しかしもちろんここで話は終わらない。これだけなら、単に所得の低い職業に対する誹謗中傷になってしまう。森岡氏は決して「うどん屋の大将になるな」と言っている訳では無い。この社会の掟を読者の眼前に突きつけた上で、どうやったら、本書を読む一人一人が最適解を見つけられるのかを丁寧に説明してくれるのだ。

 それにしても、全てのページからほとばしる強烈なエネルギーは一体どこから来るのか? もしこの本を書いた人物が、たとえノーベル賞級の学者であったとしても、机上で論理を組み立てているだけの人物だったら、読者はその強烈なエネルギー故に、逆に反感と嫌悪感に包まれるかもしれない。しかし、そんな読後感はどこにもない。なぜなら森岡氏には、この本を書く資格が確かにあるからだ。

 私は、森岡氏がチーフ・マーケティング・オフィサーを務めるユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)の栄枯盛衰を、年間パスまで持っていたほどのファンとして、つぶさに見続けてきた。だから断言できることがある。

 もしUSJが2005年にゴールドマン・サックスの傘下に入らず、森岡毅という稀有のマーケターが再建を手掛けていなければ、今頃USJは赤さびた遊具の残る廃墟と化し、敷地の一部には巨大なパチンコ店が出来ていた筈だ。現に、USJとほぼ同時期に、通天閣の南側に大阪市主導で造られたアミューズメントパーク「フェスティバルゲート」は、この運命を辿った。

 何故「フェスティバルゲート」はパチンコ店になったのか? 大阪を、いや日本を代表する名門企業のシャープが台湾の新興企業の軍門に降った理由はどこにあるのか? 戦後、奇跡の経済成長を遂げた日本が、どうして失われた20年といわれる低迷期を迎えることになったのか? そしてUSJは何故巨大な鉄屑になる運命をひっくり返して、日本最強のレジャーコンテンツであるディズニーランドをしのぐほどの存在になれたのか?

 前著『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』で見せてくれた特別な成功譚が、本書ではより洗練され、普遍的な理論として読者に提示されている。本書は表向き、日本初の実践的なマーケティング教科書を企図して書かれてはいるが、実は、長期の停滞から抜け出せない日本と、この国でもがく全ての人々に、明日への指針と希望、さらには生きる力を授けてくれる聖典なのだと思う。

 この本の中には、確かにゼニが落ちている。

KADOKAWA 本の旅人
2016年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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