愉快に読めた「理不尽な真実」

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言ってはいけない : 残酷すぎる真実

『言ってはいけない : 残酷すぎる真実』

著者
橘, 玲, 1959-
出版社
新潮社
ISBN
9784106106637
価格
858円(税込)

書籍情報:openBD

愉快に読めた「理不尽な真実」

[レビュアー] 藤沢数希(作家)

 橘玲(たちばなあきら)氏はこの本を、「不愉快な本」と言っている。そこには、モラルもヘチマもない理不尽な真実が書き連ねられているからだ。それらの多くが社会的なタブーに触れており、気安く口には出せないし、とてもじゃないが、気分よく1日を終えたい人が読むべきものではない、と言う。しかし、本当にそうだろうか? 僕は、むしろ「愉快な本」だと思って読んだ。それは、こうした残酷な事実が、さまざまな場面で押し付けられる社会規範や、ある種の責任から、人々を解放するものだと思ったからだ。

 本書で紹介されている学術研究によると、凶悪犯罪者がそうなってしまったのは、親や学校の教育の失敗ではなく、生まれつきそのような犯罪に走りやすい遺伝的な資質を持っていたからである。世の中に、子供の頭を良くするという子育て法は山ほどあるし、そのような塾も溢れている。しかし、多くの学術研究によると、やはり人間の知能は遺伝的に決まる割合がかなり多いとのことだ。遺伝の他に、学業で成功するかどうかを決める重要な要素は、友人たちとの人間関係の中で自然と決まる役割である。たとえば、クラスメートや遊び仲間内で、たまたま自分が勉強のできるキャラになれば、自らますますその長所を伸ばそうとするだろう。つまるところ、子供のために、親ができることはあまりないのだ。

 もし、これらが本当だとしたら、いや、おそらく本当なのだが、それは絶望的な話なのだろうか? 僕はそうは思わない。すでに親になっている人たち、あるいはこれから結婚し、子供を作り、親になろうとしている人たちを、子育てに伴う重い責任から解放してくれるからだ。どう育てようと、子供たちの将来は、所詮は、遺伝的な資質や、親の知らぬところでできる偶発的な人間関係でほとんど決まってしまうのだから、いちいち責任を感じていてもしょうがない。子育ては、なるようにしかならないのである。

 じつは、僕は学生のときに、子供たちに過酷な勉強をさせることで有名な中学受験塾の講師をしていた。そこで見たものは、親が小さい頃から必死こいて子供に勉強させても、6年生ぐらいになると、そうした早期教育の貯金があっても、後から勉強をはじめた素質とやる気のある子供にどんどん抜かれ、結局、最後は受かる子は受かるし、受からない子は受からない、というものだった。

 幸いなことに、僕は経済的にもそこそこ成功し、いくつかの本も売れて、いわゆる成功した人たちと交流する機会が多くなった。そこでわかったこともやはり、元々の本人の資質と、その後の偶発的な人間関係で、成功者は、たまたま成功しているということだった。特に家柄も関係ないし、親が与えた躾や教育もそれほど役に立っているとは思えない。大成功した経営者の中には、貧しい家庭で育った人も少なくない。

 日本では、少子化がますます進行している。1人の女性が一生に産む子供の平均数である合計特殊出生率は、4.5人ほどだった戦後から、日本が豊かになるにつれ減り続けた。いまや1.4人であり、人口は減っている。都道府県別では、突出して所得が高い東京が、突出して低く、出生率は1.1人ほどだ。どうやら、人間は豊かになればなるほど、心配ごとが増えて、子供を生まなくなるようだ。このままでは、社会保障制度が崩壊してしまう。日本人は、アフリカの貧しい国を見て哀れんでいるが、そうした国の人口は爆発的に増えており、生物学的には、絶滅の危機に瀕しているのは日本人のほうである。

 東京、そして、日本の女性たちが子供を産まない理由のひとつは、子供の教育に多額の金がかかると思い込んでいることだ。しかし、言うまでもなく、公立中学、公立高校から、ほとんどお金をかけずに一流大学に進学し、社会で成功する人もたくさんいる。一方で、親に、塾や家庭教師、私立の学校に多額のお金を払ってもらっても、大学受験にも失敗し、挙句の果てに、大人になってから、親のエゴでやりたくもない中学受験をやらされた、と毒づく人もいる。それだったら、教育にお金をかけないほうが得だ。

 結局、子供がどう成長していくかは、生まれたときにすでに決まっている遺伝的資質と、その後の、親が関与できない友人たちとの人間関係でほとんど決まってしまう、と本書には書いてある。だったら、みんなもっと気楽に子供を作って、適当に子育てしたらいいということなのだ。

 真実はただそこにあり、作り出さなければいけないのは、偽りだけなのだろう。そして、すこしでもこの世で上手く立ち回りたいなら、まずはその真実を知る必要があるのだ。

新潮社 波
2016年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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