『右脳と左脳を見つけた男』マイケル・S・ガザニガ著/『ダ・ヴィンチの右脳と左脳を科学する』レナード・シュレイン著

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右脳と左脳を見つけた男

『右脳と左脳を見つけた男』

著者
マイケル・S・ガザニガ [著]/小野木明恵 [訳]
出版社
青土社
ジャンル
自然科学/自然科学総記
ISBN
9784791769162
発売日
2016/03/24
価格
3,024円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

ダ・ヴィンチの右脳と左脳を科学する

『ダ・ヴィンチの右脳と左脳を科学する』

著者
レナード・シュレイン [著]/日向 やよい [訳]
出版社
ブックマン社
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784893088574
発売日
2016/04/08
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『右脳と左脳を見つけた男』マイケル・S・ガザニガ著/『ダ・ヴィンチの右脳と左脳を科学する』レナード・シュレイン著

[レビュアー] 岡ノ谷一夫(生物心理学者・東京大教授)

脳と芸術 相対的視点で

 右脳・左脳に関する話題は、多くの人の興味をかき立てる。同時に、この話題は実験事実を誇張して語られる危険がある。だからこそ、右脳・左脳について正確な知識を与え、かつ、読みやすい本はないかと、私は常に探っていた。一冊でこの双方の要求を満たすのは難しそうだが、二冊合わせ読むことでこれが満たせそうな本が相次いで発行された。一つは、認知神経科学という研究分野を創設した現代の科学者を語り部に、もう一つは、約500年前に死んだイタリアの万能の天才を題材に、話が進む。

 言語内容の発話と認知については、約90%の人で大脳左半球に局在していることは多くの臨床研究で確認されている。これに対応して、右半球では言語表出の理解と抑揚の機能を受け持っている。しかし、それ以外の部位が全く活動していないという意味ではない。脳の左右差は常に相対的な差であり、片半球のみが特定の機能を受け持つということはないのだ。これをよく知った上で、左半球が分析的・論理的、右半球が総合的・感情的と捉えるのは「あり」だ。同様に、左半球が科学的、右半球が芸術的と言うことも「あり」としよう。あくまで相対的に。以上を前提として、二冊の本を読んでいこう。

 視神経が交差して左右大脳半球に入ることは、レオナルド・ダ・ヴィンチの発見である。それから400年以上を経て、カリフォルニア工科大学にいたスペリーは、この発見を利用して脳の左右差についての科学的研究を始めた。スペリーの弟子として過ごし、この分野の実質的な研究を推進したのが、ガザニガである。弟子と共に生み出した研究業績で、スペリーはノーベル賞を受賞している。ガザニガ本は、1960年代の弟子時代から2013年の心理科学学会での基調講演までを回想し、この学問の発展史と基礎的な実験結果を解説している。てんかんの症状を軽減する手術のため脳梁(のうりょう)(左右大脳半球を接続する神経繊維束)を切断した患者たちの協力を得て、意識の統一性が脳梁により成立していること、発話機能がないゆえに「劣位脳」と呼ばれていた右脳にも、言語によらない思考機能があることを、ガザニガらは発見した。これらの物語が、引っ越し好きのガザニガによって、米国の様々な大学の自由で知的な雰囲気(これが実に羨ましい!)と共に語られる。

 ダ・ヴィンチ本は、この天才の生涯と業績に触れながら、彼がどのような脳を持っていたのかを推測する。現代の脳科学の知見を使ってレオナルドの業績を理解するとしたら何が言えるかを著者は語る。左利きないし両利きであったことも、ある程度の材料となる。そこから生ずるひとつの仮説は、飛躍はあるが、レオナルドは、脳梁がひときわ太かったのではないか、というものだ。彼の絵画には、光学と代数学の直感的な理解が反映されているのがその証拠であり、この才をもとに、レオナルドは印象派やキュービズムも先取りしていたと著者は考える。これらは後付け説明でしかないのは確かだが、脳科学で天才を読み解く作業はなかなか面白い。唯一残念に思ったのは、第15章でレオナルドへの賛辞のあまり、著者が科学を外れた領域に踏み込んでしまったことだ。しかしこの一点をもって本書を投げ捨てるのは惜しい。ここは恐らく、比喩として読むべきなのであろう。

 文系を自称する方はダ・ヴィンチ本から、理系を自称する方はガザニガ本から読んでみるとよい。ダ・ヴィンチ本はこの天才の脳への興味をかき立て、ガザニガ本は認知神経科学が生まれた背景と知識を与える。500年前の天才と存命の科学者の業績と生涯を並行して読んでみることで、創造性に必要なものが、美意識と執着心との両立であることを私は改めて感じた。これらを右脳的・左脳的と読み替えることも可能である。が、あくまで相対的に。

 ◇Michael S.Gazzaniga=1939年生まれ。米・カリフォルニア大サンタバーバラ校教授(心理学)。著書に『〈わたし〉はどこにあるのか』など。

 ◇Leonard Shlain=米・サンフランシスコの外科医、作家、発明家。著書に『芸術と物理学』など。2009年、71歳で死去。

読売新聞
2016年6月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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