ハーフの警察官・ソニー沢田が追う1963年の女性暴行殺人
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
先日、オバマ大統領が現職のアメリカ大統領としてはじめて広島を訪れたことは、読者の方々の記憶にも新しいことと思われる。
しかしながら、身もフタもないことをいってしまえば、戦後、GHQの占領下からはじまって、現在に至るまで、日本はアメリカの属国でしかあり得ない。
重厚な歴史小説で知られる伊東潤、はじめてのミステリーは、東京オリンピック前夜の一九六三年、横浜で起こった女性暴行殺人事件を扱ったハードボイルド・タッチの力作である。
主人公は、ハーフの警察官ソニー沢田で、作中には、あたかもフラッシュバックのように、彼が少年期からハーフであるが故に味わわねばならなかった苦しみや慚愧(ざんき)が挿入されていく。
それは、ちょうど現代日米交渉史の裏面を象徴しており、本書は、ミステリーでありながら、現代史を扱った歴史小説としての側面を持っている。
ミステリーとしての構成も、なかなかにしたたかで、犯人が米軍関係者であると確信したソニーが、単身、米海軍捜査局に乗り込み、日系三世のSPショーン坂口から捜査協力を取りつけるあたりで、一見、作者は手のうちをさらけ出しているかに見える。
だが、なかなかどうして――。
そこからが一ひねりも二ひねりもあるところで、作者はそこまで張られた伏線を巧みにずらしていく。
そして事件以上に読みごたえがあるのが、ソニーの顔を彩る複雑な陰影であり、これはショーンにも共通している。
翌年はオリンピックと日本中が浮かれている中、横浜生まれの作者は、その土地勘と風土を活かし、社会の暗部を巧みに剔抉(てっけつ)、己の中に抱いているであろう哀愁を、一種の非情さにまで昇華させている。
一気読み必至の傑作の登場だ。