“復興の魁は料理”――関東大震災後の銀座、一軒だけ店を再開した飲み屋の物語

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銀座復興 : 他三篇

『銀座復興 : 他三篇』

著者
水上, 滝太郎, 1887-1940
出版社
岩波書店
ISBN
9784003111031
価格
660円(税込)

書籍情報:openBD

“復興の魁は料理”――関東大震災後の銀座、一軒だけ店を再開した飲み屋の物語

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

 大正期の長編小説『大阪の宿』や随筆集『貝殻追放』で知られる水上滝太郎(一八八七―一九四〇)は、大正十二年九月一日、鎌倉の別荘で関東大震災に遭遇した。本短篇集は、その体験から書かれた作品が中心になっている。

「九月一日」は文字通り、当日の恐怖と混乱が抑制された筆致で語られる。昼直前、子供たちがトランプで遊んでいる時に、激しい揺れが襲う。家は瞬時に倒壊し、逃げ遅れた幼ない子供たちが下敷きになってしまう。実際に現場にいた水上だけに、突然の地震の凄まじさを克明に描き出している。

 揺れのあと津波が迫ってくる。家の外に出ることが出来た者たちは必死で裏山へ逃げる。一青年はなんとか助かるが、少し落着いてから、自分が年少者たちを助けずに逃げてしまったことに気づき、申訳ない気持にとらわれる。

 3・11の時にも、助かった者たちは自分だけがという生存罪責感に苦しんだというが、水上はその苦しみに目を向ける。

 表題作「銀座復興」は、地震で破壊され、焼土となった銀座で残暑のなか、一軒だけ店を再開した飲み屋の物語。掘立小屋だが、そこには誇らし気にこう張り紙がある。「復興の魁(さきがけ)は料理にあり」。

 この店がきっかけで銀座に活気が戻ってくる。災害からの復興に当って、いかに食が大事かが分かる。店のモデルはいまも銀座にある「はち巻岡田」。水上をはじめ、久保田万太郎、里見とんら大正文士に愛された。

「遺産」は異色作。震災後、ある町で町内会の面々が安全のために交代で夜回りすることになる。ところが、職業柄嫌われている金貸しが、非協力的と言いがかりをつけられ袋叩きにあってしまう。

 震災後の人心の荒廃、正義を振りかざす集団の非寛容な怖さをとらえている。

 水上滝太郎は父親が興した生命保険会社の要職にあった。作家であると同時に良識ある企業人だった。

「果樹」はそんな水上らしい穏やかな名品。若くつましい夫婦の静逸な暮しを淡彩でとらえている。二人が仲良く、初茸(はつたけ)御飯と柿を食べる姿が微笑ましい。

新潮社 週刊新潮
2016年6月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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