『ブラック・ドッグ』
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愛護団体に占拠された空間で繰り広げられる、ヒトと動物のバトルロイヤル
[レビュアー] 石井千湖(書評家)
人間を殺してはいけないのに、どうして動物は殺せるのか。黒い獣の形をした問いが襲いかかってくる。介護をテーマにしたミステリー『ロスト・ケア』でデビューし、女性の貧困を描いた『絶叫』も注目を集めた葉真中顕の三作目は、閉鎖空間でヒトと動物が凄絶なバトルロイヤルを繰り広げるパニック小説だ。
十二月二十四日、大手ペット流通企業アヌビスが主催するイベントの会場が、カナダで畜産企業の経営者一家を惨殺した過激な動物愛護団体〈DOG〉によって占拠されてしまう。ホールに閉じ込められた人々は、黒い犬のような獣に食い殺されていく。同じ場所で棄てられた動物の譲渡会を行う予定の隆平と栞、アヌビスの代表取締役で愛らしい幼犬の姿のまま成犬になる〈エンジェル・テリア〉を売る安東、オープニング・セレモニーで歌うことになった中学生の結愛と拓人……。さまざまな視点で事件の経緯が語られる。人間が生き残るためにとる行動の一つひとつが衝撃的で、次々とページをめくらずにはいられない。
虐待された犬にまつわる栞の言葉にも心を揺さぶられた。彼女は〈よく『人間を信頼しなくなる』って言うけど、厳密には少し違うと思う。犬はそもそも『人間』なんていう区分でものを考えないから。理不尽な暴力にさらされ続けた犬は、それを誰が与えるのかなんて考えない。ただただ苦しんで、これ以上苦しみたくないから、感情を殺すの。言わば『世界を信頼しなくなる』のよ〉と言う。〈DOG〉の目的はヒトと動物の区別をなくすことだが、読み進めていくうちに、世界を信頼できないという点で登場人物と〈彼ら〉と呼ばれる黒い獣は同じだとわかるのだ。特に安東の造形は〈彼ら〉に近く、動物を金儲けに利用する悪党なのに魅入られた。種の違いも善悪も関係なく破壊しつくす。作者ならではのフェアネスが貫かれた物語は、恐ろしいけれど解放感もある。