『村に火をつけ、白痴になれ』――結婚や社会道徳と対決した烈女

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村に火をつけ、白痴になれ

『村に火をつけ、白痴になれ』

著者
栗原 康 [著]
出版社
岩波書店
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784000022316
発売日
2016/03/23
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『村に火をつけ、白痴になれ』――結婚や社会道徳と対決した烈女

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

 歴史の教科書でおなじみの名前である。伊藤野枝(のえ)。ウーマンリブの活動家にして大杉栄の妻。二十八歳で官憲に虐殺される。

 すごい人生だが、教科書だと「偉くて立派な人」というだけで、生身の人間性が伝わってこない。本書が特異なのは、野枝の人生や残したことばからいまを生き抜く力を得よう!という思いが、チクショウ! ムカつく、などを連発する講談調の語りで展開されることだ。

 猛烈に向学心が強く、叔父にしつこく頼みこんで十五歳で福岡から上京。高等女学校卒業後、親の決めた家に嫁がされ、抵抗して出奔。女学校時代の恩師、辻潤のもとに転がりこんで同棲する、というのが十七歳の出来事なのだからものすごく早熟である。平塚らいてうの『青鞜』に拾われ、執筆をはじめるが、手始めはこの結婚の顛末を暴露した自伝小説だった。

 この野枝を著者は熱く応援する。

「ゆるせない、ゆるせない。ここから野枝は筆一本を武器にして、結婚制度や社会道徳なるものと対決していくことになる。やられたらやりかえせ」

 大雑把で剛胆な人だった。子連れで『青鞜』に出入りし、赤ん坊がわあわあ泣きわめいても平気で原稿を書く。おしめが濡れたらぎゅっと絞って干してまた使う。炊事道具はほとんどなく、金盥(かなだらい)ですき焼きをしたり、鏡を裏返してまな板にしたりする。そして辻とのあいだに二人、四角関係の末に獲得した大杉栄とのあいだに五人、とじゃんじゃん子どもを産んだのだ。

 エネルギッシュで気持ちがまっすぐな野枝が憑依したかのような筆運びである。底に流れるのは、人はわがままに徹していい、大切なのは互いのわがままを認め合うことだ、という信念だ。他人の目を意識しすぎたり、世間の思惑どおりに行動しようとする現代人の萎縮を解き放ちたいという願いが、アジテーションとなって溢れでている。

新潮社 週刊新潮
2016年6月23日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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