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崩壊してゆく世界で謎を解く探偵たち
[レビュアー] 若林踏(書評家)
ミステリは秩序回復の物語と呼ばれることがある。探偵が謎を解決し、世界の調和を取り戻す過程を楽しむ、それがジャンルの醍醐味のひとつだからだ。
でも、ちょっと待った。もし元より秩序が崩壊した世界が舞台ならば、探偵が謎を解く意味はあるのだろうか。この問いに真正面から向き合った小説がベン・H・ウィンタース『地上最後の刑事』(上野元美訳)である。
半年後に小惑星が衝突し、人類は滅亡すると予測された地球。新人刑事のパレスは、ファストフード店のトイレで発見された男の首吊り死体の件を担当することになる。各地で未来に絶望した人々が次々と自殺を図っており、この首吊りもその一つだと思われた。だが死体にある不審な点を見つけたパレスはただ独り、他殺の可能性を捜査する。
世界が滅亡するのに、犯人など探してどうなる。周囲から冷笑を浴びながら、それでもパレスは捜査を止めようとしない。この主人公の情熱と執念に読者は圧倒され、物語に引き込まれる。犯人当てにも凝った趣向が施され、本格ミステリとしても完成度高し。謎解きと終末SFが稀有な形で結びついた秀作だ。
この他に終末的な世界観をミステリに持ちこんだ小説では、例えば北山猛邦『「クロック城」殺人事件』(講談社文庫)がある。人類が終焉を迎えつつある世紀末、“幻影の退治”専門の探偵が不可能犯罪に挑む本格ミステリだ。ファンタジーに近い幻想的な描写と、奇抜な物理トリックの組み合わせが印象的である。
世界の崩壊という意味ではハラルト・ギルバース『ゲルマニア』(酒寄進一訳、集英社文庫)も必読。ただしSFやファンタジーではない。舞台は第二次世界大戦真っ只中のドイツ、つまり現実世界で起きた崩壊を描いているのだ。主人公はユダヤ人の元刑事で、ナチス親衛隊からの命令で連続猟奇殺人を追う。空爆とユダヤ人迫害、二重の恐怖から生き延びるために謎を追う探偵役の設定は、これまでの歴史ミステリにない緊迫感を生み出すと同時に、戦争という地獄絵図についても深く考えさせられる。