PTA活動を通じ心を開いてゆく人々 期待の新鋭が描く鮮やかな人間ドラマ

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PTAグランパ!

『PTAグランパ!』

著者
中澤 日菜子 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041042236
発売日
2016/05/30
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

PTA活動を通じ心を開いてゆく人々 期待の新鋭が描く鮮やかな人間ドラマ

[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)

 なんだか他人事ではない。身につまされてしまった。というのは、武曾勤六十七歳が、それはもうみっともないのだ。

 シングルマザーとなって実家に戻ってきた娘は仕事一直線なので、その代わりに定年退職した勤が、孫の通う小学校のPTA役員になるのだが、気がきかないというか、空気が読めないというか、運動会の挨拶を延々と続けて子供たちが熱中症で倒れてしまうくらい困ったじじいなのである。現役時代は二十四時間仕事のモーレツ社員で、家庭を省みない男であったので、そういう性格は簡単に治らないのだ。家のことは女のやることだろう、という気がまだあったりする。

 私も現役時代、ほとんど帰宅せず会社に泊り込む生活を続けていたので、この勤を責める資格はない。仕事を引退すると、もうわからないことばかり、というのも勤と同じだ。違うのは、勤が大手企業で役員の一歩手前までいったこと。ずっと超零細企業で働いていた私とは苦労の中身が根本的に異なる。ついでに書いておけば、性格もかなり違っているようで、たとえば同僚だった寛治は言う。

「武曾氏はとにかく『まっすぐ』だった。不正は許さない。卑怯な真似はしない。ただひたすら一途に愚直にくそ真面目に働いて。敵も多かったけれど、そんな武曾氏の裏表のない性格を慕う部下や評価する上司もたくさんいてね。だからこそあんな偉い役職まで昇りつめることができたんだと、ぼくは思うよ」

 もちろん私、こんなに立派ではない。

 しかしとりあえず勤の目でまわりを見る。サングラスをかけたPTA会長の織部結真が腰まで伸びた髪をゴムで無造作に束ね、破れたジーンズ姿で現れると、勤と一緒に、なんだこいつ、という目で見る。しかも二十四歳なのに八歳の息子がいて、本人はゲーセンのアルバイト暮らし。奥さんが市民病院に勤める看護師で、生活費の大半は彼女が稼いでいるというから、なんなんだこいつ。その奥さんが十二歳年上で、どこで知り合ったのかと思うと、高校生のときの保健の先生だったという。それは犯罪だろうと勤も私も思ってしまうが、だからこそ、運動会の日の光景が光り輝く。それは、その看護師の奥さんがやってきて、八歳の息子をはさんで家族で昼食を食べる団欒を、勤が目撃するシーンだ。こうして、会社では有能なサラリーマンでありながら他のことを何も知らなかった勤が、新しい世界を一つずつ知っていく驚きが次々に立ち現れる。

 語り手は勤だけではない。たとえば、三人の息子をかかえスーパーで働く順子は、自分の境遇に不満を持っている。こんな大変な思いをしながらなぜPTAの役員にならなければならないのかと。しかし彼女もまた、そのPTA活動の日々の中で、さまざまなことにぶつかりながら、それまで知らなかった世界を学んでいく。勤の娘で、シングルマザーの都も、同様だ。ネタばらしになるので詳しいストーリーの紹介はしないけれど、この長編が胸に残るのは、みんなが心を開いていく姿が、なんと言えばいいのか、そう、美しいからだ。

 解決しない問題はたくさんある。私たちの生活は甘いものではなく、その厳しい現実と私たちはいつも戦い続けなければならない。しかし何かを信じることの大切さが、たとえば結真の奥さんのラスト近くの言葉から立ち上がってくる。綺麗事と笑われるかもしれないが、それを信じないのなら私たちが生きている価値もない。群を抜く人物造形と、巧みな挿話と、鮮やかなプロットで、中澤日菜子はその真実を描きだしている。

 勤の立場になってこの小説を読んでしまうのは、私がこのじいさんとほぼ同年齢だからで、読者によっては順子、あるいは都の立場から読む人もいるだろう。このようにいろいろな読み方ができる小説だ。

 テレビドラマの原作にぴったりの小説だと思う。

KADOKAWA 本の旅人
2016年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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