[本の森 仕事・人生]『マチネの終わりに』平野啓一郎/『今はちょっと、ついてないだけ』伊吹有喜

レビュー

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マチネの終わりに

『マチネの終わりに』

著者
平野 啓一郎 [著]
出版社
毎日新聞出版
ISBN
9784620108193
発売日
2016/04/09
価格
2,109円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

今はちょっと、ついてないだけ

『今はちょっと、ついてないだけ』

著者
伊吹有喜 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334910839
発売日
2016/03/16
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『マチネの終わりに』平野啓一郎/『今はちょっと、ついてないだけ』伊吹有喜

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

 恋愛小説ウォッチャーとして、伝えずにはいられない。平野啓一郎の長編『マチネの終わりに』(毎日新聞出版)は、今年最高の恋愛小説だ。

 三八歳の天才クラシックギタリスト・蒔野聡史と、二歳年上の小峰洋子。二〇〇六年の冬、二人はコンサート終了後の楽屋で出会い、打ち上げの席で意気投合する。「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです」。蒔野の言葉に、洋子だけが頷く。フランスの通信社で記者として働く洋子には、婚約者がいた。蒔野は自分がスランプに陥っている、と感じ始めていた。他にもさまざまな障害が横たわっていたが、恋に落ちたという事実が二人の視点から語られ、心を近付けていく様子が流麗な文章で描写されていく。

 人は自分の人生を、自分ひとりでコントロールすることはできない。自分の人生の中に、他者の人生が相乗りし、社会という名の魔物がするっと入り込んで、時に玉突き事故を起こすものだから。想い合いながらもすれ違い続ける蒔野と洋子の恋愛模様を通じて、読者はしかとそのことを知る。

『マチネの終わりに』は、「四〇歳」がテーマの物語でもある。平均寿命が男女共に八〇歳を超える日本社会において、四〇歳前後は、ちょうど真ん中。半分の終わりであると同時に、残り半分の始まりの時期でもある。だから人は、惑う。これまでの道のりを振り返り、飛び出すなら今しかないと、新しい一歩を踏み出す。

 伊吹有喜の連作短編集『今はちょっと、ついてないだけ』(光文社)の主人公は、かつて冒険写真家としてテレビ番組にレギュラー出演し、「時の人」となった立花浩樹。バブル崩壊で生じた多額の借金を返済するうち、世間との付き合いはなくなり写真への情熱も失って、四〇代になった今や「過去の人」だ。そんな男が田舎から上京し、再びカメラを構え始める。

 中目黒のおんぼろ一軒家で写真スタジオを始めた立花の元には、同じように「敗者復活」の匂いを漂わせた人々がやって来る。リストラにあい妻から三行半を突きつけられた元テレビマンの男、メイクアップアーティストにはなれなかったドラッグストアの美容部員、四〇歳を機に勇気を出して婚活サイトに登録したOL、誰にも笑ってもらえない元売れっ子芸人……。ある人物は思う。ひとりで生きていくだけならば、人生は「どうとでもなる」。でも、ひとりだけでは楽しくないから、惑うのだ。

 惑う人を見ることによって、自分の人生はこれでいいのだろうかと、惑いが生じる。あるいは、自分ばかりが惑っているわけではないのだと、惑いを否定せず向き合うことができるようになる。四〇代前後の読者に限らない。「不惑」ならざる、あらゆる年代の人々に、この二作をお勧めしたい。

新潮社 小説新潮
2016年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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