空から地球を見たサン=テグジュペリの詩的メモワール

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人間の大地

『人間の大地』

著者
サン=テグジュペリ [著]/渋谷豊 [訳]
出版社
光文社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784334753146
発売日
2015/08/06
価格
1,078円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

空から地球を見たサン=テグジュペリの詩的メモワール

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

『星の王子さま』の作者サン=テグジュペリ(一九〇〇―一九四四)は郵便物を運ぶ定期便の飛行士だった。西アフリカや南米の空を飛んだ。

 飛ぶことは、彼にとってまず責任の伴う仕事、使命だったが、同時に詩的体験ともなった。

 誰も見たことのない砂漠の果てを飛行する。夜空にまたたく星を見る。空から見る地上に広がる風景に心震わせる。

 本書は数々の飛行から生まれた素晴しい詩的メモワール。一貫したストーリーがあるわけではない。パイロットとしての仕事で見た地球の神秘的な風景が、畏敬の念を持って語られてゆく。

 冒険物語とも読めるが、それ以上に、飛行機の黎明期、「空から地球を見た」ことの感動が、みずみずしく語られてゆく。新しい風景の発見といっていい。

 西アフリカの砂漠のなかにある円錐台の丘の上に不時着する。困難な状況にいるにもかかわらず、彼はこの広大な大地に自分しかいない事実に喜びを覚える。そして清らかな砂の上に小さな黒い石があり、それが隕石だと知った時に感動を覚える。不時着ですら幸福に変わる。

 一九二、三〇年代、飛行機は現代のジェット機に比べればまだ玩具のよう。プロペラの小型複葉機。性能は悪く、しばしば故障する。燃料が尽きる。自分の位置が分からなくなる。

 毎回、命がけの飛行になる。サン=テグジュペリは一度、西アフリカの砂漠で事故を起し、僚友と二人、砂漠のなかを三日間、水も食料もなく彷徨したこともある。奇跡的に助かった。

 それでも、彼は飛び続ける。

 南米の平原に不時着した時には、野の一軒家で妖精のような姉妹に会う。チリのホーン岬の近くでプンタアレナスという世界最南端の町を見る。

 サハラの砂漠を飛ぶ。アンデスの山を越える。飛行機はただ空を飛ぶ機械であるだけではない。「飛行機のもう一つすごいところ、それは神秘の真っただ中にいきなり投げ込むことだ」。宇宙飛行士と同じように、彼は空を飛びながら神を感じたのかもしれない。

新潮社 週刊新潮
2016年6月30日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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