『選ばれし壊れ屋たち』
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選ばれし壊れ屋たち 鹿島田真希 著
[レビュアー] 与那覇恵子(東洋英和女学院大教授・近現代日本文学)
◆倫理問い、笑いも満載
自分で考えるのではなく、世間的な価値観を身にまとって自分の存在を誇示する者がいる。裸の王様のようなものだが、本人には自覚がない上に口が達者で、なぜか周りの人間に好かれ一目置かれたりもする。本書は、そんな男を好きになり献身的に尽くす過程で男の実体に気づいた女性が、自らの内にも在る社会迎合的な部分を克服し、「自分の価値観」を見いだしていく成長物語である。
主人公は新人小説家の三崎小夜。彼女の成長は二つの物語が重なるように展開される。この小説では、社会通念に対抗する個人的価値の基盤は身体の生理的反応や欲情にあるとみる。そこで小夜に課されるのが、ボーイズラブ小説の応募原稿の下読みである。表現された言葉が作者の切実な欲望から発せられたものかどうか。内容に対する小夜の鋭いツッコミには何度も笑ってしまったが、自分で評価(価値)を決める孤独で真摯(しんし)な作業でもある。書き手として自分の内面に深く眼(め)を向ける修行の一環といえる。
密室の孤独な作業の一方で、身体反応に忠実であるが故に社会的には一見、壊れたようなツバサ先輩や人気漫画家氷川だいあとの交流は、開かれた空間での社会修行といえるだろう。この社会で生きていく倫理を真面目に問いつつ、笑いも満載の、ユニークな小説である。
(文芸春秋 ・ 1728円)
<かしまだ・まき> 1976年生まれ。作家。著書『ゼロの王国』『冥土めぐり』など。
◆もう1冊
鹿島田真希著『二匹』(河出文庫)。勉強が苦手な男子高校生二人を主人公にした青春小説。一九九九年のデビュー作。