『太陽の肖像』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
文集 太陽の肖像 奈良原一高 著
[レビュアー] 上野昂志(評論家)
◆裸の空間で撮る未来
美しい文章である。だが、技巧を弄(ろう)した美文というのではない。自然に流れ出る思考がもっとも的確な言葉として現れてくる。その佇(たたず)まいが美しいのだ。ちょうど彼自身の写真がそうであるように。
奈良原一高は、世界に対するみずからの関心の赴くままに撮り、発表した『人間の土地』で、一挙に写真家になった。それは、「運命」とでもいうしかないことだろう。写真に宿る精霊が、二十五歳の彼を写真家にすべく呼び込んだのだ。
桜島黒神村と長崎沖の軍艦島という二つの場を描くことで「人間の存在という共通項」を浮き彫りにできるのではないかと考えたとき、奈良原一高は既に、未来の写真から呼びかけられていたのだ。ただそれに先だって、大阪の砲兵工廠跡を撮ることから始まる『無国籍地』があると知ると、われわれは奈良原の生と日本の敗戦が重なりあう歴史を想起する。
B29の襲来が日常であった世界から、突如、解き放たれた少年は、そこに国家という枠組みを外れた裸形の空間を見出したのだ。そこから彼は、国籍や人種にとらわれぬ自由な旅人として世界を歩き、埋もれた未来を撮る。
パリからコルドバ、ニューヨーク、ダイアン・アーバスとの出会いから自身の体内まで、写真は常にこの旅人を待ち受けていた。本書は、そのような旅の記録ともいえよう。
(白水社 ・ 3672円)
<ならはら・いっこう> 1931年生まれ。写真家。写真集『王国』『無国籍地』など。
◆もう1冊
飯沢耕太郎著『増補 戦後写真史ノート』(岩波現代文庫)。写真集団VIVO(ヴィヴォ)やプロヴォークで活動した写真家列伝。