「大奥」立ち退きの混乱の中、江戸城にとどまった5人の女
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
『眩(くらら)』で日本のレンブラントたる葛飾北斎の娘・応為を描いた朝井まかてが、矢継ばやに傑作を放った。それが本書『残り者』である。
時は慶応四年(一八六八)四月十日、天璋院が大奥を立ち退いて、一橋邸に引き移る日のことである。その混乱の中で江戸城にとどまった五人の女中がいた――というのが本書のメインストーリーである。
一人目は、呉服之間のりつ。彼女は、差し迫った事態が長く続くと笑ってしまうという奇癖の持ち主。りつは、天璋院から「この小袖は不思議と着心地が良い。誰が縫うたのか」と問われたのがささやかな誇りであり、皆が退去していく中、針の始末をちゃんとしただろうか、と仕事部屋へ戻っていく。
誰もいないはず、と、そこで出会ったのが、御膳所のお蛸。彼女は天璋院の愛猫サト姫さんを捜すために残っており、また天璋院がこれでなければ食べぬという赤味噌の入った味噌壺を後生大事に持っている。
三人目は、長持の中から現われた御三之間のちか。彼女は、籠城するために残っていたと至って勝気で、「天璋院様は間違いなく、大奥に戻って来られまする。徳川家の長たる女将軍として、再び天下を統(す)べられる」と不敵な笑いまで浮かべている。
そして四人目は、五人の中で最も身分の高い御中臈(おちゅうろう)のふき。最後の一人は、りつと同じ呉服之間のもみぢ。このもみぢ、残った理由はりつと同じだが、この期に及んで和宮(かずのみや)付であったことを鼻にかける憎まれ役。
この五人が、様々な思惑を胸に、誰もいなくなった大奥で一夜を過ごすことになるのだが、作者は女たちが出会う過程で、大奥の様々な礼儀作法等を紹介したり、女の園での確執を描いたり、興味を誘う。
五人の中で伝法なふきだけ、残っている理由が最後まで分からなかったり、女たちが残っている本当の理由――実は帰る家がなかったりと、作品は、俄かに陰翳を深めていくことになる。
さて、小説には必ずといっていいほど、影の主人公がいる。勘の良い方はもうお気づきだろうが、この一巻では出番は少ないが、薩摩へ帰ることを最後まで拒み続け、徳川家を支えてきた天璋院に他ならない。
そして、五人の女たちは、意識するにしろ、しないにしろ、天璋院の統率の下で行動しているのである。
「――いずかたも取り乱すことなく、安堵して移るが良い」――明治の御世へ渡っていく女たちの姿がまぶしく映る。