『江戸前魚食大全』
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江戸前魚食大全 冨岡一成 著
[レビュアー] 岸本葉子(エッセイスト)
◆海と暮らしの豊かさ
充実の一冊だ。海鮮丼なら「全部のっけ」に喩(たと)えられる。巻末の参考文献を見てほしい。江戸や食の好きな人なら何冊かは目を通していようけれど、すべてを吟味し惜しげなく盛り込んでくれた。
江戸の魚食をさまざまな視点から見つめている。水運、漁民の編成、流通体制、食文化の進展、信仰など。百科事典ふうに気になるところを引くのもいいが、通しで読んで私は、それまでの断片的な知識がつながる楽しさを味わった。
すし、天ぷらといった外食が発達したのは、単身赴任の武士が江戸に多かったからといわれる。でも他人に食をゆだねるのは、武士にとって危険な行為。大火で焼け出されたのをきっかけに、事情が事情だからと、抵抗感がなくなっていったのだろうと。別の例では放生会(ほうじょうえ)。江戸時代後半には庶民も含め魚食都市となっていたものの、殺生への畏れ、ときに水難事故を引き起こす自然への畏れは、人々の心から抜きがたかったのだろうと。
漁業者は乱獲を防ぐ取り決めをした。生活排水は公害を招くどころか「八百八町の余り水で魚が湧いた」と言われるほど、人の暮らしが海を富ませた。江戸人は魚を「美味(うま)く」のみならず「上手(うま)く」食べていたと著者。博物館の学芸員を経て、築地市場に十五年間身を置いたという著者の魚食への思いが、この本を単なる知識の詰め合わせ以上のものにした。
(草思社・1944円)
<とみおか・かずなり> 1962年生まれ。江戸の歴史や魚の文化史について著述。
◆もう1冊
生田與克(よしかつ)・冨岡一成著『築地魚河岸 ことばの話』(大修館書店)。江戸の粋と意気を伝える築地魚河岸の言葉を解説。