翻訳出版編集後記 常盤新平 著
[レビュアー] 中辻理夫(ミステリー評論家)
◆ミステリーへの献身
本書は著者が一九七〇年代後半「出版ニュース」に連載していたエッセイを一冊にまとめたものである。直木賞を受賞し、小説執筆を仕事の中心にする以前に書かれた文章だ。編集や翻訳に関わっていた時代を振り返る内容になっている。
彼の早川書房入社は五九年であるが、その数年前からこの出版社はハヤカワ・ミステリ、いわゆるポケミスと雑誌「エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン」を基盤にして、海外ミステリの翻訳を熱心に推し進めていた。最初に出たポケミスがミッキー・スピレイン『大いなる殺人』(五三年)であることは多くの人に知られている。著者は翻訳ミステリがまさに文化として日本に根付き出していく頃、同社の一員になったのだ。先輩社員には福島正実、都筑道夫らがいた。
冒頭は著者が早川時代、当時の社長・早川清とともに初めてニューヨークを訪れた六七年から始まる。本国の作家やエイジェントと交渉していく様が生々しく、ユーモラスでもある。翻訳小説の編集とはどういうものなのか、立体的に浮かび上がるのだ。早川退社後にフリーの翻訳家になってからの感慨もつづられる。「こういう訳を読むとがっかりする」と辛辣(しんらつ)に書く一方、好きな訳者として田中小実昌、井上一夫の名を愛情深く挙げる。翻訳文化隆盛のいち役を担った人物が記した貴重なドキュメントだ。
(幻戯書房・3672円)
<ときわ・しんぺい> 1931~2013年。作家・翻訳家。著書『遠いアメリカ』など。
◆もう1冊
宮田昇著『新編 戦後翻訳風雲録』(みすず書房)。元著作権エージェントによる海外ミステリー翻訳者らとの交友録。