記憶を共有する大学院生と蜥蜴 「アリス」に続く本格ミステリー

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クララ殺し

『クララ殺し』

著者
小林, 泰三, 1962-2020
出版社
東京創元社
ISBN
9784488025502
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

記憶を共有する大学院生と蜥蜴 「アリス」に続く本格ミステリー

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 一つの謎に向かって論理を積み重ねることで解答に到達する。小林泰三は、いくつもの実験を重ねてミステリーのそうした興趣に新たな可能性を付け加えてきた作家だ。彼の小説では、表面に見えるものとは別の何かが深層において進行しているような感覚が常にある。擬態が剥ぎ取られ、物語の真の姿が白日の下に晒された瞬間の驚きこそが、小林作品の醍醐味なのである。

 新刊『クララ殺し』は、その二重構造の特色が前面に押し出された作品だ。理系大学院生の井森建は、自身がビルという名の蜥蜴(とかげ)として異世界で暮らしている、という夢をよく見ていた。だが、それは井森側の視点であり、蜥蜴のビルにとっては井森こそが地球という異世界に存在する自分の化身(アーヴァタール)という認識なのである。井森とビル、世界の異なる者たちは、互いに夢でつながり、記憶を共有していた。

 ある日ビルは、見慣れぬ森の中で車椅子に乗ったクララという少女に出会った。後刻、井森も露天くららという名の女性と遭遇する。彼女は何者かに命を狙われており、救いを求めていたのだった。ビル=井森は、くららに悪意を持つ者を捜し出すべく、それぞれの世界で動き始める。

 二〇一三年に刊行されて話題を呼んだ『アリス殺し』の姉妹篇にあたる作品だ。前作では、どちらかの世界で住人が死を迎えると、もう一方の存在にも影響が及ぶという原則が徹底され、謎解きの重要な要素になっていた。作中で起きる殺人事件はすべて二つの世界を結ぶ二重殺人になり、探偵は同時に二人の犯人を捜さなければいけなくなるという趣向である。本作でもそのルールは踏襲されるが、主人公がなぜか何度も殺されることになるなど、前作とは別種の仕掛けが準備されている。異様な舞台に気をとられすぎると、思わぬところで足をすくわれ、驚かされることになるので注意して読んでいただきたい。小林泰三に、決して気を許すなかれ。

新潮社 週刊新潮
2016年7月28日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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