『ずんずん!』
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山本一力、久々の現代小説! 牛乳と新聞の宅配が生む人情噺
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
「ずんずん!」――何と小気味の良い響きだろう。これは、自分の仕事に誇りと責任をもって歩いていく人たちの靴音である。
8人のグラフィック・デザイナーを束ねるAD(アート・ディレクター)実川玉枝が、浜町の纏(まとい)ミルクで、ビン牛乳をぐいっと飲んで職場へ颯爽と向う際の表現である。
ことのはじまりは、その纏ミルクのベテラン配達員・田代が、いつも、空きビンをきれいに洗って保冷ボックスに戻しておく湯川さんがこれをしていないのに不安をおぼえたこと。何しろ、相手は一人暮らしのお婆さんである。田代は八方手を尽くし、腰と後頭部を強く打った湯川さんを病院へ――。
あの人たちが届けているのは牛乳だけじゃない。このことに感動した玉枝は、牛乳と新聞の宅配こそ、日本の文化であると信じ、JCAという広報団体が世界に対して行っている、日本ならではの文化を紹介する広報活動のコンペに勝利する。
本書は山本一力、久々の現代小説だが、やはり嬉しいのは、作中人物一人一人の心意気だ。
纏ミルク店は、決して大企業ではない。しかしながら従業員たちの志はどこまでも高い。
そして彼らのブレない姿勢に私たちは、ページを繰りつつ、いつの間にか元気をもらっているのだ。
みんなが守っているのは、ひとの口に入るものを扱っている、という心構え─食品偽装などが平気で行われている昨今、この一巻は一服の清涼剤といってもよいのではあるまいか。
さらに後半には哀しみを乗り越えた恋の成就もあり、思わず、ホロリ。
そして、雨の日も雪の日も、炎天下であっても、彼らは決して宅配をやめない。
ずんずん、ずんずん――聞こえるではないか。あの誇りに満ちた靴音が。
そして私たちも歩き出そう。胸を張ってずんずんと。